どんな商品?
ツクダ(現・メガハウス)が1973年4月に発売したボードゲームです。白と黒の石を使い、盤上の石を挟んで裏返していくルールが特徴です。
発売当時あなたは何歳?
終戦直後、青空教室で生まれた遊び
オセロの原型が生まれたのは、商品化のはるか前、1945年9月の終戦直後にさかのぼります。茨城県水戸市で当時中学生だった長谷川五郎さんが、屋根も窓もない「青空教室」の休み時間に友人と遊ぶため、碁石を使って考え出したのが始まりだったといいます。「10分間で決着がつく遊び」を目指して考案されたその仕組みは、相手の石を挟んで自分の色にひっくり返すという、今のオセロとまったく同じメカニクスでした。
戦後の混乱期、教材も遊び道具もろくにない教室で、碁石だけを使って考え出された遊びが、のちに世界中で遊ばれるゲームの原型になった―というのが、オセロの出発点です。
牛乳びんのフタで作った試作品
簡単なのに奥が深いこの遊びは、同級生の間で評判になったといいます。時は流れ、会社勤めをするようになった長谷川五郎さんは、かつての遊びをふと思い出し、牛乳びんのフタを使って石を自作し、試作品を玩具メーカーに持ち込みました。学生時代の遊びを、大人になってから自分の手で商品化まで持っていった―その執念が、商品としてのオセロを生み出したことになります。
1973年4月29日発売、シェイクスピアから取った名前
こうして1973年4月29日、ツクダ(現・メガハウス)から正式に発売されました。発売されるやいなや人気はみるみる広まり、空前の大ヒットを記録したといいます。商品名は、シェイクスピアの戯曲『オセロ』にちなんでおり、長谷川五郎さんの父で英文学者だった長谷川四郎さんが命名したとされています。中学生の遊びに、英文学者の父が名付け親として関わっていたという点も、この商品ならではのエピソードです。
「オセロ」と「リバーシ」はどう違う?
オセロによく似た遊びとして「リバーシ」という名前を聞いたことがある人も多いはずです。実はこの2つ、まったくの同一ではありません。リバーシは19世紀のイギリスで誕生したとされ、日本でも明治時代には「源平碁」という名前で知られていたといいます。ただしリバーシには、対局開始時の中央4マスの石の並べ方について「はっきりしたルールが定められていなかった」という違いがあったとされています。
一方の「オセロ」は、株式会社メガハウスが専用使用権を持つ登録商標です。米国オセロ協会の説明によれば、オセロという名称が商標である一方でリバーシはそうではなかったため、多くのWebサイトやソフトウェアメーカーが、ライセンス料の支払いを避ける目的で、オセロのことを一般名詞である「リバーシ」と呼ぶようになったといいます。もともと別のルーツを持つ2つの呼び名が、商標をめぐる事情によって同じ遊びを指す言葉として広まっていった、というのは興味深いいきさつです。
世界大会にまで育った「10分で終わる遊び」
「10分で決着がつく遊び」として青空教室で生まれたオセロは、その後、国際的な競技としても定着していきます。日本オセロ連盟によれば、記念大会にあたる第10回・第20回・第30回・第40回大会はいずれも日本で開催されており、第20回大会までは東京、2006年の第30回大会以降は水戸で開かれてきたといいます。第40回大会からは15歳以下を対象とする「ユース部門」も新設されており、大会の規模や部門が年々広がってきたことがうかがえます。
水戸で青空教室に通っていた中学生が考え出した遊びの世界大会が、巡り巡って再び水戸で開かれるようになった、というのも感慨深いめぐり合わせといえるかもしれません。
現在も広がり続けるシリーズ
オセロは現在も株式会社メガハウスから発売が続けられており、マグネットオセロやベストオセロ、一体化されたオセロなど、複数のバリエーションが展開されています。牛乳びんのフタから始まった試作品が、形を変えながら現在まで棚に並び続けていることになります。
定価2,200円、それでも始まった実演販売
新発売のオセロは、当時の玩具売場担当者から「値段(2,200円)も大きさも子供玩具売場向きの商品とはいえず、並べてくれるか疑問でした」と評されるほど、決して子ども向けの安価な玩具ではありませんでした。それでもツクダは1973年4月25日から、三越本店と伊勢丹本店の玩具売場の一部を借り、アルバイトの女子大生による実演販売という形で勝負に出ます。
三越会場では初日だけで57台が売れ、実演販売は日を追うごとに好評を呼んだといいます。読売新聞にオセロの記事が載った4月29日には、当時の日本オセロ連盟の電話番号が担当者の自宅の番号だったため、朝から途切れることなく電話が鳴り続け、直接自宅を訪ねてくる客まで現れたという逸話も伝えられています。こうした反響もあって、その年の12月までにオセロは100万台を売り上げ、ファンの数は1000万人を超えたといいます。