ファミリーレストランはどう生まれた?すかいらーく1号店の挑戦
公開日:2026年9月26日

※AIによるイメージ画像です
郊外の広い駐車場、家族で座ってゆっくり食べる店内。今では当たり前のこの光景は、1970年に開店した1軒の店から始まりました。
「日本初のファミリーレストラン」と語られることも多いこの店が、実際には何を新しく持ち込んだのかを、公式記録から確かめます。
すかいらーくとは?1970年7月、府中市に開いた1号店
すかいらーくホールディングス公式サイトによれば、同社の前身であることぶき食品有限会社は1962年4月に設立され、1970年7月には東京都府中市に「ファミリーレストランすかいらーく1号店(国立店)」を出店しました。
設立から1号店の開店まで、8年ほどの助走期間があったことになります。すでに食品関連の事業を営んでいた会社が、新しい業態としてファミリーレストランに乗り出した、という経緯です。
店名の由来——ひばりが丘団地とヒバリ
日本経済新聞によれば、店名の「すかいらーく」は「創業の地『ひばりが丘団地』にちなんでヒバリの英語名」から取られたとされています。
団地という、当時広がりつつあった新しい住まいの形と、その土地にゆかりのある鳥の名前。地域に根差した名づけ方は、この店がどこか遠い存在ではなく、暮らしの延長線上にあるものとして意識されていたことをうかがわせます。
海外から輸入した業態でありながら、店名だけは海外由来のブランド名をそのまま使うのではなく、日本の、それも創業の地に根ざした名前が選ばれている。この点は、同じ時期に日本に上陸した海外発の外食チェーンとの、分かりやすい違いの1つです。
出典:日本経済新聞「1970年7月7日 日本初のファミレス、すかいらーく1号店開店」/ねとらぼ「すかいらーく1号店が53年の歴史に幕 郊外型ファミリーレストランの先駆け」
同じ皿に、ハンバーグとエビフライ——何が新しかったのか
日本経済新聞によれば、1号店の看板メニューは「子どもに人気のハンバーグとエビフライを同じ皿に盛りつけた、当時としては画期的なメニュー」だったとされています。
今でこそありふれた組み合わせですが、当時の外食では、和食なら和食、洋食なら洋食と、はっきり分かれているのが普通でした。子どもが好きなものを1皿にまとめて出す、という発想自体が、それまでの外食にはあまりなかった視点だったと考えられます。
すかいらーく公式サイトは、この店の狙いを「家庭ではなかなか味わえない本格的な料理を、手頃な価格で楽しく味わうことができる空間」を提供することだったと説明しています。家庭料理でも高級レストランでもない、その中間にあたる新しい位置づけを目指していたことがわかります。
「家庭ではなかなか味わえない」という部分と、「手頃な価格で」という部分は、本来なら両立が難しい組み合わせです。特別な料理は高くつきやすく、手頃な価格の食事は簡素になりやすい。この2つを同じ店の中で成立させようとしたこと自体が、それまでの外食にはなかった挑戦だったといえます。
出典:日本経済新聞「1970年7月7日 日本初のファミレス、すかいらーく1号店開店」/すかいらーくホールディングス公式「歴史・沿革」
車で行く店、という新しい発想
郊外に店を構えるということは、単に土地が安いから、というだけの理由ではありません。「客がどうやって店にたどり着くか」という前提そのものを変える判断でもありました。
駅から歩いていける距離に店を構えるのが当たり前だった時代に、あえて駅から離れた道路沿いに店を開く。それは、徒歩や電車ではなく、自家用車で来店することを前提にした立地の選び方です。店の規模も、駐車場の広さも、この前提のうえに設計されていったと考えられます。
駅前の食堂であれば、客はたいてい1人か少人数で、滞在時間も短いのが普通でした。ところが自家用車で来店する家族連れは、そもそもの人数も多く、身支度や移動にかかる時間も含めて、店に求めるものが駅前の食堂とは違ってきます。広い駐車場と広い客席は、こうした「車で来る家族連れ」という新しい客層を迎えるために欠かせない条件だったと考えられます。
なぜ、郊外に店を構えたのか
ねとらぼによれば、すかいらーくは「郊外型ファミリーレストランの先駆け」として位置づけられ、1号店以降「街道沿いに店舗を増やしてきた」とされています。
都心の一等地ではなく、道路沿いの郊外に店を構える。この立地の選び方は、家族連れが自家用車で訪れることを前提にした発想でした。広い駐車場を確保しやすく、家族全員が一度に来店しても座席に困らない。都心の小さな食堂では実現しにくかった条件を、郊外だからこそそろえられたと考えられます。
すかいらーくが1号店を開いた1970年前後は、大衆車が各家庭に広がり始め、自家用車を持つことが少しずつ現実的になっていった時期と重なります。車を持つ家庭が増えていくことと、車で行く郊外の店が成立することは、いわば表裏の関係にありました。自家用車という新しい移動手段が、外食という選択肢の幅そのものを広げていったと見ることができます。
「日本初のファミリーレストラン」という呼び方について
すかいらーく1号店は、しばしば「日本初のファミリーレストラン」と紹介されます。ここで、この表現の出どころを確認しておきます。
日本経済新聞は、記事の見出しで「日本初のファミレス」という表現を使っています。一方、すかいらーく公式サイト自身は、「日本初」という定型句そのものではなく、「日本で最初に(先述の空間)をサービス提供する唯一無二の存在として開業した」という、やや異なる言い回しを用いています。
「業態としてのファミリーレストランを日本で最初に始めた店」という趣旨では、両者とも近い立場を示しているといえますが、「ファミリーレストラン」という言葉の定義や、他に類似の業態が同時期になかったかまでを厳密に検証した記述は、今回の調査では確認できませんでした。そのため本ページでは、「日本初」と断定的には書かず、日本のファミリーレストラン黎明期を代表する存在として紹介します。
「初」という言葉は、インパクトがある分、ひとり歩きしやすい表現でもあります。厳密な世界初・日本初の認定がなくても、その後の業界を形づくるうえで決定的な役割を果たした店であることは、その後の店舗数の広がりからも十分に裏付けられます。
出典:日本経済新聞「1970年7月7日 日本初のファミレス、すかいらーく1号店開店」/すかいらーくホールディングス公式「歴史・沿革」
同じ時代に生まれた、2つの異なる外食革命
すかいらーく1号店が開店した1970年の翌年、1971年には東京・銀座にハンバーガーチェーンの日本1号店が開店しています。同じ時期に生まれたこの2つの外食は、実は正反対の方向を向いていました。
ハンバーガーチェーンが選んだのは、都心の一等地で、短時間で受け取ってすぐ食べられる「早く食べる」都市型のスタイルでした。対してすかいらーくが選んだのは、郊外の広い店で、家族揃って座り、時間をかけて食事を楽しむ「ゆっくり食べる」郊外型のスタイルです。
同じ「外食の大衆化」という大きな流れの中でも、「どこで」「誰と」「どれくらいの時間をかけて」食べるかという軸で見ると、まったく異なる2つの答えが、ほぼ同時に日本に生まれていたことになります。
どちらも「それまでの食堂・レストランにはなかった新しい外食」という点では共通していますが、目指した先はまったく逆でした。1人でも入りやすい店か、家族全員で腰を落ち着けられる店か。この違いは、その後何十年にもわたって、日本の外食産業の中でそれぞれ別の系譜として発展していくことになります。

最盛期729店という広がり
日本経済新聞によれば、すかいらーくは「郊外中心に最盛期には729店と、最大手となった」とされています。すかいらーく公式サイトの年表でも、1974年11月には株式会社すかいらーくへの商号変更が確認できます。
1店舗の実験的な試みから始まり、業界最大手と呼ばれる規模にまで成長する。この広がり方は、郊外型ファミリーレストランという業態そのものが、それだけ多くの家庭のニーズに合っていたことを示しています。
1962年の会社設立から1970年の1号店開店まで8年、そこから最盛期の729店まで、決して短くない年月がかかっています。1つの成功事例がそのまま全国規模の業態へ育つまでには、店舗運営のノウハウを積み重ね、郊外の立地条件を見極め、地域ごとの需要を確かめながら出店を重ねていく、地道な積み重ねが必要だったと考えられます。
出典:日本経済新聞「1970年7月7日 日本初のファミレス、すかいらーく1号店開店」/すかいらーくホールディングス公式「歴史・沿革」
家族で外食する、という選択肢が生まれた日
1970年より前、家族揃っての外食は、特別な日のごちそうという意味合いが強いものでした。すかいらーくが広げたのは、そうした「特別な日」だけでなく、休日の食事の選択肢として外食を日常に組み込むという発想だったと考えられます。「今日はすかいらーくに行こうか」という会話が、特別な記念日ではなく、ごく普通の週末の会話として交わされるようになっていったこと自体が、この業態がもたらした変化の大きさを物語っています。
同じ皿に盛られたハンバーグとエビフライは、子どもにとってのごちそうであると同時に、家族という単位で外食を楽しむという、新しい週末の過ごし方の始まりでもありました。
郊外の駐車場に車を停め、家族揃って店に入り、思い思いのメニューを選ぶ。何気ない週末のひとコマに見えるこの光景も、たどれば1970年、府中市の1軒の店から始まっています。
「日本初」と呼べるかどうかという厳密な議論以上に、この店が示した「郊外で、家族揃って、手頃な価格で本格的な料理を楽しむ」という選択肢そのものが、その後の日本の外食のあり方を大きく形づくっていったことは確かです。
1962年にことぶき食品として産声を上げ、1970年に1号店を開き、1974年には社名そのものを「すかいらーく」に改めた。この一連の歩みは、1つの業態が試行錯誤の末に確立し、やがて自社のアイデンティティそのものになっていく過程でもありました。食品会社としての社名から、自ら生み出した店舗ブランドの名前への切り替えは、それだけこの新しい業態への手応えが大きかったことの表れとも読み取れます。
都心のハンバーガー店と、郊外のファミリーレストラン。この2つが同じ時代に日本で生まれたことは、単なる偶然の一致ではなく、当時の日本が「外食をどう暮らしに取り込むか」という同じ問いに、複数の答えを同時に探し始めていたことの表れだったのかもしれません。
今、休日に家族で車を出してファミリーレストランへ向かうとき、その何気ない移動の先に、1970年、まだ珍しかった郊外の1軒の店を目指した最初の家族連れの姿が重なって見えるかもしれません。
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同じ時期に日本に上陸した都市型の外食についてはマクドナルド日本1号店の記憶でもたどれます。
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これ覚えてる?
学校・地域・年代によって内容は異なります。あなたの記憶と重なるものはありますか?
- 家族でファミリーレストランに行った思い出はありますか?
- ハンバーグとエビフライが同じ皿に乗ったメニューを覚えていますか?
- 休日に家族で外食するのはどんな時でしたか?
出典・注意事項
本ページは、すかいらーくホールディングス公式サイト、日本経済新聞、ねとらぼの記載内容をもとに構成しています。「日本初のファミリーレストラン」という表現は、日本経済新聞の見出しで使われている一方、すかいらーく公式サイト自身は異なる言い回しを用いているため、本文では断定的な「日本初」の表記を避けています。
ページ内のイメージ画像はAIによるものであり、特定の人物・場所・年代を再現した実際の写真ではありません。