PHSの歴史|「ピッチ」と呼ばれた携帯電話とは違う通信端末

公開日:2026年9月3日 更新日:2026年9月11日

1990年代の街中で、若者がアンテナ付きの小型携帯端末で通話している情景のイメージ画像(特定のメーカー・機種の再現ではありません)

※AIによるイメージ画像です

携帯電話がまだ高価だった時代、よく似た形をしていながら、中身の仕組みまで同じだったわけではない通信端末がありました。

「PHS」と呼ばれたこの通信サービスが、いつ生まれ、携帯電話と何が違い、なぜ「ピッチ」という愛称で親しまれ、どのように姿を消していったのかを、Y!mobile公式や総務省の資料をもとにたどります。

PHSとは何だったのか

PHSは「Personal Handy-phone System(パーソナル・ハンディフォン・システム)」の略称で、日本語では「簡易型携帯電話」とも呼ばれた通信サービスです。見た目は携帯電話とよく似た小型の端末でしたが、電波の送受信方式や基地局の仕組みが携帯電話とは異なる、別の規格の通信手段でした。

「携帯電話の廉価版」という説明だけでは、PHSが当時果たしていた役割の半分しか伝わりません。携帯電話とは異なる技術的な仕組みを持っていたからこそ、料金の安さだけでなく、データ通信の速さという独自の強みも持ち合わせていました。

携帯電話・自動車電話が主流だった通信市場に、別の技術方式で新しい選択肢を持ち込んだのがPHSでした。基地局の仕組みそのものが携帯電話と異なっていたことが、後述する料金体系やデータ通信速度の違いにもつながっていきます。

1995年、地域限定から全国へ

Y!mobile公式「PHS25年史」によれば、PHSサービスは1995年7月、まず北海道・東京地区で試験的に導入され、同年10月に全国展開されました。当初から一斉に日本全国でサービスが始まったわけではなく、地域を絞って導入した後、段階的にエリアを広げていったことになります。

携帯電話に比べて手頃な料金で使えたことから、サービス開始からわずか2〜3年のうちに、若い世代にも急速に広がっていきました。地域を絞って始めるという慎重な立ち上がり方をしていながら、その後の広がり方は決して緩やかなものではなかったことになります。

出典:Y!mobile公式「PHS25年史」

携帯電話とは仕組みが違う通信端末

BIZTELの解説によれば、携帯電話が大型の基地局から高出力の電波を送受信して広い範囲をカバーするのに対し、PHSは半径500m程度をカバーする低出力の電波を使う小型の基地局を組み合わせて通信する仕組みでした。

電柱や建物の壁に取り付けられる小型のアンテナを面のように張り巡らせることで通話エリアを作る方式は、大掛かりな鉄塔を各地に建てる携帯電話の基地局よりも、設置コストを抑えやすいという利点がありました。この設備コストの低さが、当時の料金の手頃さにもつながっていたと考えられます。

一方で、一つの基地局がカバーできる範囲が半径500m程度と狭いため、利用者が移動しながら通話を続けると、次々と別の基地局へ電波を受け渡していく必要があります。都市部のように基地局を密に設置できる場所では問題になりにくい一方、郊外や移動中の通話では、携帯電話に比べて通信が不安定になりやすいという弱点も抱えていたと考えられます。安さと引き換えに、通話エリアの面では携帯電話に一歩譲る場面もあった、という理解が実態に近いといえるでしょう。

総務省「情報通信白書」によれば、PHSは携帯電話の電波が届きにくい場所での通信に対応できただけでなく、データ通信の速度では携帯電話より優れていたとされています。「安いけれど携帯電話に一歩劣る」という単純な位置づけではなく、技術的にはむしろ携帯電話を上回る面を持った通信手段だったことがうかがえます。

「安い」という分かりやすい特徴の裏に、データ通信速度という技術的な強みもあわせ持っていたことが、当時のPHSの実態だったことになります。

出典:BIZTEL「PHSとは?サービス終了の背景や携帯電話との違い、主な用途を紹介」/総務省「令和元年版 情報通信白書」携帯電話の登場・普及とコミュニケーションの変化

1990年代後半、契約数はどれだけ伸びたのか

Y!mobile公式「PHS25年史」によれば、1997年から1998年にかけて、PHSは若年層を中心に爆発的に普及し、あわせてメール機能も「Pメール」から「PメールDX」へと拡張され、通話だけでなく文字でのやり取りもできるようになっていきました。

一般社団法人電気通信事業者協会(TCA)の統計によれば、複数の事業者が参入していたPHS全体の契約数は、1997年9月末時点で全事業者合計およそ707万件のピークを迎えたと記録されています。サービス開始からわずか2年ほどでこの規模に達したことになり、携帯電話がまだ高価だった当時、手頃な料金で使える通信端末を求める需要がいかに大きかったかがうかがえます。

この後、携帯電話の料金引き下げや通話エリアの拡大が進むにつれて、PHSの契約数は少しずつ減少に転じていくことになります。

出典:Y!mobile公式「PHS25年史」/一般社団法人電気通信事業者協会(TCA)「携帯電話・PHS契約数」1997年9月末データ

「ピッチ」の愛称で親しまれた理由

PHSは「ピッチ」という愛称で広く親しまれました。愛称そのものの正確な由来ははっきりしていませんが、通信料金の安さや手軽さから、若者にも広がった通信手段でした。

携帯電話とは別の「ピッチ」という名前で呼ばれ、独自の立ち位置を持つ通信手段として認識されていたことになります。

1990年代の街中で、若者がアンテナ付きの小型携帯端末を手に会話している情景のイメージ画像(特定のメーカー・機種の再現ではありません)
※当時の雰囲気をもとにAIで作成したイメージ画像です

PHSは通話だけではなかった

Y!mobile公式「PHS25年史」によれば、2001年6月にはデータ通信サービス「AirH″(エアーエッジ)」に対応した端末が登場し、同年8月には定額で使い放題の「AirH″つなぎ放題コース」が始まりました。

2002年3月には、AirH″の契約数が100万件を突破したと記録されています。パソコンを外へ持ち出してインターネットに接続するという使い方が一般家庭にも広がり始めた時期に、PHSは通話端末としてだけでなく、データ通信の担い手としての役割も果たしていたことになります。前述の通り、PHSは携帯電話よりデータ通信の速度で優れていたとされており、この強みが定額データ通信サービスの普及を後押ししたと考えられます。

定額で使い放題という料金体系も、通信量に応じて料金が変わる従量課金が一般的だった当時としては新しい発想でした。通話端末として始まったPHSが、データ通信の分野でも独自の存在感を発揮していた時期があったことになります。

Y!mobile公式「PHS25年史」の年表によれば、2002年には32kbps相当の回線を4本束ねる方式で128kbpsの高速データ通信を実現した端末も登場しました。2008年には、外出先でのモバイル通信を前提とした小型パソコン「WILLCOM D4」も発売されています。通話端末として始まったPHSの通信網が、パソコンを持ち歩いてインターネットに接続するという、当時始まったばかりの使い方を支える基盤の一つにもなっていたことがうかがえます。

出典:Y!mobile公式「PHS25年史」

携帯電話との競争の中で、姿を変えていったPHS

Y!mobile公式「PHS25年史」によれば、PHS事業者の一つだったDDIポケットは2005年に「WILLCOM(ウィルコム)」へ社名を変更しました。その後2010年12月にウィルコムはソフトバンクの傘下に入り、2014年7月にはイーモバイルと合併して「ワイモバイル株式会社」が誕生しています。

携帯電話の料金体系や通信速度が向上していく中で、PHS事業を担う会社自体も、社名変更や合併を重ねていったことになります。

1990年代には「安さ」を武器に若者へ広がったPHSでしたが、2000年代以降は、データ通信サービスの展開や他社との合併を経て、事業の形そのものが変わっていきました。

出典:Y!mobile公式「PHS25年史」

個人向けの終了後も、病院で使われ続けた理由

ソフトバンク公式のビジネスブログによれば、病院や介護施設などで使われてきた「構内PHS」は、ワイモバイルなど通信キャリアが提供する「公衆PHS」とは別の仕組みで、企業や病院自身が構内に基地局を設置して運用する内部システムだといいます。公衆PHSのサービスが終了しても、構内PHSという仕組みそのものがそのまま使えなくなるわけではないことになります。

ニュースイッチ(日刊工業新聞社)の記事によれば、公衆PHSサービスの終了後も内線用の構内PHSは継続して使えるものの、今後は音声品質の低下が懸念されるとされています。ソフトバンク公式のビジネスブログによれば、構内PHSの機器にも電波法上の使用期限があり、後継の通信手段として「sXGP」という規格が提案されているといいます。

ソフトバンク公式の導入事例によれば、実際に福井大学医学部附属病院では構内PHSからsXGPへの通信網の更新が行われており、少ない基地局数で院内の通話エリアをカバーできることや、電子カルテなどのデータ通信にも対応できることが導入の利点として紹介されています。

法人向け通信機器を扱うBONXの解説によれば、病院で構内PHSが広く使われてきた背景には、電波の強度が低く、医療機器に電波干渉をしにくいという技術的な理由に加えて、長年使い慣れた運用方法をそのまま続けられることや、新しい通信機器を導入する予算の確保が難しいという現場の事情もあったと紹介されています。

出典:ソフトバンク公式ビジネスブログ「公衆PHSサービス終了による構内PHSへの影響とは?」/ニュースイッチ(日刊工業新聞社)「PHSサービス終了…ソフトバンク・NTTコムが医療向けスマホ移行で攻勢、決め手は?」/ソフトバンク公式導入事例「福井大学医学部附属病院」(sXGP)/BONX WORK「PHSが終了した今、病院を取り巻く現状と後継のBluetoothインカムをご紹介」

2021年、一般向けサービスが終わるまで

Y!mobile公式「PHS25年史」によれば、ワイモバイルは2018年4月にPHSサービスの終了を発表し、予告どおり2021年1月末をもって一般向けサービスを終了しました。1995年の試験導入から数えて、26年にわたる歴史でした。

ただし、これで全てのPHS向け料金プランが終わったわけではありません。Y!mobile公式プレスリリースによれば、2021年1月31日に終了したのはテレメタリングプランを除く一般向けの料金プランで、自動販売機や駐車場の遠隔監視などに使うテレメタリングプランは2023年3月31日まで継続し、この時点でワイモバイル系統のPHSサービスがすべて終了しています。個人が使っていた通話端末としてのPHSは2021年1月末で、法人向けの一部プランを含めた完全な終了は2023年3月末だったことになります。

これはDDIポケットから続くワイモバイル系統のPHS事業についての歴史です。PHSは複数の事業者によって提供されていたサービスであり、他の事業者はそれぞれ異なる時期に事業を終えています。「PHSが2021年1月に一斉に姿を消した」というより、「最後まで残っていた一般向けPHSサービスが、この時期に役目を終えた」と捉える方が実態に近いといえます。

1995年に複数の会社が競い合うようにして始まったPHSは、およそ四半世紀をかけて一つ、また一つと事業者が姿を消し、最終的に一系統だけが残る形で歴史を終えました。携帯電話という一つの規格が主流であり続けたのとは対照的に、PHSは事業者の合従連衡そのものが、通信手段としての栄枯盛衰を映し出していたともいえます。

一つの通信規格が、複数の会社による競争から始まり、合併と撤退を経て最後は一系統に絞られていくという歩み方は、携帯電話やスマートフォンの歴史とは違う、PHSならではの軌跡だったといえるでしょう。

出典:Y!mobile公式「PHS25年史」/Y!mobile公式プレスリリース「PHSサービス終了について」(2021/2/1)/Y!mobile公式プレスリリース「PHSサービスの提供終了について」(2023/4/1)

ポケベルと携帯電話の間にあった「ピッチ」の記憶

数字の語呂合わせで思いを伝え合ったポケベルの時代から、一人一台の携帯電話・スマートフォンが当たり前になる時代へ。PHSは、ちょうどその間の時期に、通話もメールもできる手頃な端末として、多くの若者の手元にありました。

携帯電話ほど大掛かりな仕組みではなく、それでいてポケベルより自由にやり取りができた「ピッチ」。通信手段が目まぐるしく移り変わっていった1990年代から2000年代にかけて、ほんの一時期だけ多くの人の手のひらにあった端末として、記憶している方も多いのではないでしょうか。

今のスマートフォンのように何でもできる万能な端末ではなく、通話と簡単なメール、そして少し進んだデータ通信ができる、いわば「ちょうどいい」通信手段でした。複数の会社が競い合いながら育て、形を変えながら四半世紀以上続いたことは、携帯電話の陰に隠れがちな一時代を、確かに一つの通信文化として刻んでいたことの証でもあります。

あわせて読みたい

同じ時代の通信文化はポケベルの歴史や、ショルダーフォンでもあわせて確認できます。

あなたが子どもの頃の通信手段は?

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これ覚えてる?

学校・地域・年代によって内容は異なります。あなたの記憶と重なるものはありますか?

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出典・注意事項

本ページは、Y!mobile公式サイト・公式プレスリリース、ソフトバンク公式ビジネスブログ・導入事例、総務省「情報通信白書」、一般社団法人電気通信事業者協会(TCA)の統計、信頼できるメディアの記事をもとに構成しています。個別の情報については、各見出しに出典を明記しています。愛称の由来など裏付けが十分でない情報は断定的に扱っていません。DDIポケット→ウィルコム→ワイモバイル系統のPHS事業について、一般向け料金プランの終了は2021年1月31日、テレメタリングプランを含む全PHSサービスの完全終了は2023年3月31日と、時期を分けて記載しています。同時期に存在した他のPHS事業者はそれぞれ異なる時期に事業を終えているため、その旨も本文中に明記しています。契約数の「約707万件」はTCAの1997年9月末統計に基づいています。病院・介護施設等で使われる「構内PHS」は、通信キャリアが提供する公衆PHSとは別の仕組みであり、本文中でその違いを明記しています。

ページ内のイメージ画像はAIによるものであり、特定の人物・場所・年代を再現した実際の写真ではありません。