COLLECTION・11記事
消えた街の風景
駅前、商店街、銭湯、屋上。かつて日常の中にあった、いまは見かけにくくなった街の風景を歩きます。
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順番を決めた特集ではありません。気になった記事から読めます。
街頭紙芝居が来た日自転車に舞台を積んで、拍子木の音で子どもたちを集めた街頭紙芝居。水飴を買って見た、あの頃の娯楽をたどります。
駅の伝言板の記憶改札近くの黒板とチョークで、待ち合わせの相手にメッセージを残した駅の伝言板。携帯電話がなかった時代の連絡手段をたどります。
改札鋏とは?駅員が切符に切れ込みを入れていた「改札鋏(かいさつばさみ)」。硬券きっぷとともに使われたこの道具の役割と、姿を消していった背景をたどります。
街角の電話はなぜ残る?赤・青・ピンクの電話からカード式、災害時の通信へ。硬貨と設置場所が変えた街角の連絡手段をたどります。
1980年代街の写真屋さん(DPE店)とは?撮り終えたフィルムを持っていき、数日後に写真を受け取った「街の写真屋さん」。フィルム現像という体験をたどります。
小銭で選ぶ駄菓子屋量り売りと数円のお菓子、店先の集い。子どもが自分で選べた小さな商店の仕組みと変化をたどります。
ちんどん屋とは?衣装をまとい、鉦や太鼓を鳴らしながら街を練り歩いた宣伝音楽隊「ちんどん屋」。その成り立ちと、見かけなくなっていった背景をたどります。
銭湯の歴史とは?家庭にお風呂がない時代、多くの人が通った公衆浴場「銭湯」。昭和30〜40年代のピークから、家庭風呂の普及による変化までをたどります。
デパート屋上遊園地とは?観覧車やミニ豆汽車が並び、家族連れで賑わったデパートの屋上遊園地。なぜ生まれ、なぜ姿を減らしていったのかをたどります。
1970年代都電とは?かつて東京の街を縦横に走っていた路面電車「都電」。最盛期には41系統・一日193万人が利用しましたが、モータリゼーションの波の中で多くの路線が姿を消しました。その全盛期から荒川線だけが生き残った理由までをたどります。
