公衆電話とテレホンカードの歴史|硬貨式からカード式、携帯電話普及までの移り変わり

公開日:2026年8月30日

昭和末期から平成初期の日本の街角にある公衆電話ボックスのイメージ画像(特定の企業ロゴ・実在機種の再現ではありません)

※AIによるイメージ画像です

硬貨を用意して、電話ボックスに並んで——街角の公衆電話は、携帯電話が普及する前、外出先から連絡を取るための欠かせない手段でした。

このページでは、公衆電話が明治時代にどう始まり、赤電話・青電話といった色分けの時代を経て、1982年のカード式公衆電話の登場、そして携帯電話の普及とともにどう姿を減らしていったのかを、NTT・総務省の公式資料をもとにたどります。

公衆電話は明治33年に始まった

公衆電話は、1900年(明治33年)9月に上野・新橋の両駅構内に設置されたのが始まりです。NTT東日本公式の資料によれば、それまで電信局・電話局内にしかなかった公衆電話が、初めて街頭に進出したのがこの年でした。

出典:NTT東日本公式「公衆電話機のうつりかわり(1890〜1924年)」

赤電話・青電話・ピンク電話の時代

NTT東日本公式の資料によれば、1955年(昭和30年)には5円硬貨で利用できる赤電話が登場し、1959年(昭和34年)には駅や病院などに設置される緑色の公衆電話(通称「青電話」)が誕生しました。

1968年(昭和43年)には百貨店や飲食店向けのピンク電話も登場するなど、設置場所や用途に応じて複数の色・種類の電話機が使い分けられていました。

出典:NTT東日本公式「公衆電話機のうつりかわり(1955〜1969年)」

1982年、カード式公衆電話の登場

日本経済新聞の報道によれば、1982年(昭和57年)12月23日、日本電信電話公社(現NTT)は東京・銀座の数寄屋橋公園に、テレホンカードで通話できる最初のカード式公衆電話を設置しました。

NTT東日本公式の資料によれば、これにより硬貨がなくても通話でき、夜間の硬貨補充の手間も省けるようになったといいます。

出典:日本経済新聞「12月23日 カード式公衆電話 電電公社が1号機設置」/NTT東日本公式「公衆電話機のうつりかわり(1982〜1997年)」

平成初期の日本で、テレホンカードを手に公衆電話をかけている人物のイメージ画像。読み取れるカード文字や企業ロゴの再現ではありません。
※当時の雰囲気をもとにAIで作成したイメージ画像です

デジタル化と携帯電話の普及

NTT東日本公式の資料によれば、1990年(平成2年)3月にはISDN技術を活用したデジタル式公衆電話機が登場し、1991年(平成3年)10月には大型ディスプレイを備えた改良型も導入されました。

しかし1990年代以降、携帯電話・PHSが急速に普及したことで、公衆電話・テレホンカードを利用する機会は次第に減っていきました。

出典:NTT東日本公式「公衆電話機のうつりかわり(1982〜1997年)」

今も公衆電話が残っている理由

総務省の資料によれば、2022年(令和4年)4月には第一種公衆電話の設置基準が緩和され、最低限必要な設置台数が見直されました。

一方で、災害発生時には公衆電話の回線が優先的につながる仕組みになっているため、災害時用公衆電話が電話のユニバーサルサービスに新たに加えられています。

携帯電話が主流になった今も公衆電話が街から完全になくなっていないのは、災害時の通信手段としての役割が公式に位置づけられているためです。

出典:総務省「ユニバーサルサービス制度 電話のユニバーサルサービスとしての公衆電話の見直し」

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出典・注意事項

本ページは、NTT東日本公式サイト・総務省の資料、信頼できる報道機関の記事をもとに構成しています。個別の情報については、各見出しに出典を明記しています。

ページ内のイメージ画像はAIによるものであり、特定の人物・場所・年代を再現した実際の写真ではありません。