氷式冷蔵庫とは?電気冷蔵庫より前の冷やし方

公開日:2026年9月7日 更新日:2026年9月12日

昭和20〜30年代の台所で、氷式冷蔵庫に氷を入れる場面のイメージ画像です。

※AIによるイメージ画像です

電気冷蔵庫が当たり前になる前、木箱の上段に氷を入れ、その冷気で食品を冷やす「氷式冷蔵庫」という仕組みがありました。

電気を使わずにどうやって食品を冷やしていたのか、その仕組みと、氷屋との関わりのある暮らしをたどります。実は、氷式冷蔵庫は一般家庭よりも旅館・飲食店・精肉店といった商売の場で多く使われており、ふつうの家庭に「冷蔵」という発想そのものが広まるのは、電気冷蔵庫の普及を待つことになります。冷やす道具の変化は、単に動力が変わっただけでなく、冷やし方・補給の手間・保存できる期間・家庭の台所仕事そのものを変えていきました。

氷式冷蔵庫とは?上段の氷で下段を冷やす仕組み

氷式冷蔵庫は、木製の箱を上下2段に分け、上段に氷の塊を入れることで、その冷気が下段へ伝わり、食品を冷やすという仕組みの冷蔵庫です。本体は木製でしたが、扉の内側や庫内は保温性を高めるためにトタン(亜鉛メッキ鋼板)が張られていました。電気やガスといった動力を一切使わず、氷そのものが持つ冷たさだけで庫内を冷やすという、シンプルながら理にかなった仕組みでした。冷たい空気は下に向かって流れる性質があるため、あえて上段に氷を置くことで、下段に入れた食品全体を効率よく冷やすことができました。

こうした木箱の冷蔵庫が登場したのは、明治時代のことだったと複数の資料で紹介されています。江戸時代の氷は、涼を楽しむための贅沢品という位置づけでしたが、明治に入って氷が広く出回るようになったことで、食品を冷やすための道具としての氷式冷蔵庫が登場していきました。

この背景には、氷そのものを商品として届ける産業の広がりがありました。株式会社ニチレイ公式の資料によれば、氷業の先駆者である中川嘉兵衛は、複数回の失敗を経て1869年(明治2年)、北海道函館の五稜郭で天然氷約500トンの採氷に成功し、京浜地区へ輸送・販売したとされています。氷式冷蔵庫が使われていく前提には、こうした氷の生産・輸送という商売が先に成り立っていたことがうかがえます。

ニチレイ公式の資料によれば、1897年(明治30年)には東京・本所で機械製氷が始まり、同年にコレラ・赤痢が流行したことをきっかけに、氷の使い道は飲み物を冷やすことだけでなく「生鮮食品の冷蔵保存」へと広がっていったとされています。氷の生産量は1914年の約32万トンから1925年には約127万トンへと大きく伸び、天然の氷に頼っていた時代から、工業として安定的に氷をつくれる時代へと移り変わっていきました。衛生への意識の高まりが、氷を単なる贅沢品から、食品を守るための必需品へと変えていったことがうかがえます。

出典:各務原市公式ウェブサイト「氷で冷やす!冷蔵庫」/株式会社ニチレイ公式「氷と暮らしの物語」第1回 中川嘉兵衛と氷業のはじまり

実は、一般家庭よりも商売の場で多く使われていた

各務原市公式の資料によれば、氷式冷蔵庫は旅館・飲食店・精肉店など、業務上「冷やす」必要のある店舗で主に使われていたとされています。食品を大量に、かつ一定の状態で扱う必要がある商売の現場では、氷式であっても冷蔵の仕組みを持つ価値が大きかったことがうかがえます。生鮮食品を扱う精肉店や、多くの客に料理を出す旅館・飲食店にとって、食材が傷まないよう冷やし続けられるかどうかは、商売そのものの信用にも関わる問題だったと考えられます。

一方、同資料によれば、一般家庭では電気冷蔵庫が広く普及する昭和40年代(1965年頃〜)まで、「冷蔵」という発想自体があまり一般的ではなく、毎日その日必要な分だけの食材を購入し、風通しのよい場所や冷暗所で保存するという暮らし方が中心だったとされています。氷式冷蔵庫のある家庭も確かに存在しましたが、それが家庭の標準だったとまでは、今回確認できた資料からはいえません。

つまり、この記事がたどっているのは「多くの家庭にあった氷式冷蔵庫が、電気冷蔵庫に置き換わった」という単純な話ではありません。業務の場で先に使われていた氷式冷蔵庫と、その後家庭にも広がっていった電気冷蔵庫を比べると、「冷蔵」という機能そのものが一般家庭に行き渡ったのは、電気冷蔵庫の普及を待ってからだった、という流れが見えてきます。

「毎日その日必要な分だけ購入する」という暮らし方は、食品を長く保存できないという制約の裏返しでもありました。魚や肉、豆腐のような傷みやすい食品は、買ったその日のうちに食べきることが前提で、まとめ買いや作り置きという発想自体が、今ほど一般的ではなかったと考えられます。冷暗所での保存も、あくまで氷や電気による積極的な冷却ではなく、直射日光や高温を避けるという消極的な対策でした。

出典:各務原市公式ウェブサイト「氷で冷やす!冷蔵庫」

氷屋という商売との関わり

氷式冷蔵庫を使い続けるには、溶けてしまう氷を定期的に買い足す必要がありました。そこで欠かせない存在だったのが、各家庭を回って氷を届ける「氷屋」です。氷屋から氷を買い、冷蔵庫の上段に入れる。この繰り返しが、氷式冷蔵庫のある暮らしの日常でした。

帝国データバンク史料館の資料によれば、氷屋はリヤカーで氷の塊を運び、各家庭の玄関先で必要な分だけを切り分けて売るという商売のかたちだったとされています。毎日のように氷が必要になる家庭にとって、この御用聞きのような訪問販売が、暮らしを支える仕組みのひとつになっていました。

当時、氷式冷蔵庫は決して安いものではなく、氷を毎日のように買い足す手間もあったため、どの家庭にもあったわけではなかったとされています。

同資料によれば、たばこの「天狗煙草」で知られる岩谷商会も、当時は氷式冷蔵庫を製造していたとされ、氷式冷蔵庫が特定の専業メーカーだけでなく、複数の企業によって手がけられていた商品だったこともうかがえます。

氷式冷蔵庫やそこで使われた氷は、各務原市や三重県総合博物館など各地の博物館・自治体の資料館でも、当時の暮らしを伝える展示品として収蔵・紹介されています。

帝国データバンク史料館によれば、1946年から1974年にかけて連載された漫画『サザエさん』にも氷式冷蔵庫が登場していたとされ、当時の家庭の台所風景として広く親しまれていた道具のひとつだったことがうかがえます。旅館・飲食店といった商売の現場だけでなく、作品に描かれるような家庭の情景の一部としても、氷式冷蔵庫は記憶されてきました。

出典:各務原市公式ウェブサイト「氷で冷やす!冷蔵庫」/帝国データバンク史料館「大正時代の冷蔵庫」(学芸員室の雑記帳)

氷屋が家庭へ氷を配達する場面のイメージ画像です。
※当時の雰囲気をもとにAIで作成したイメージ画像です

電気冷蔵庫の登場と、三種の神器としての普及

日本で電気冷蔵庫が登場したのは1930年ごろとされ、アメリカの製品をモデルに研究開発が進められました。1952年に発売された小型冷蔵庫は8万円前後と、当時のサラリーマンの給料の約10か月分に相当する高価なものだったと伝えられています。

1950年代なかば、冷蔵庫は洗濯機・掃除機とともに「三種の神器」と呼ばれ、憧れの家電として喧伝されるようになりました。とはいえ実際の普及には時間がかかり、1960年代はじめの普及率は約10%、60年代なかばで約50%に達し、70年代なかばごろまでにはほぼすべての家庭に行き渡ったとされています。

電気冷蔵庫が少しずつ家庭に入っていくにつれて、氷式冷蔵庫と氷屋という商売は、その役割を終えていきました。前の見出しで見たように、この変化は業務用として氷式冷蔵庫を使っていた店舗にとっては直接の置き換えでしたが、氷式冷蔵庫を持たなかった多くの一般家庭にとっては、電気冷蔵庫の普及こそが「冷蔵」という仕組みそのものとの出会いだったことになります。

普及率が約10%から約50%へ広がった1960年代は、高度経済成長のただなかでもありました。所得の上昇という社会全体の変化と、冷蔵庫という高価な家電が各家庭に届くまでの期間が重なっていたことがうかがえますが、地域や世帯ごとの普及の早さの違いについて、今回確認できた資料の範囲では具体的な差を示す数値までは確認できませんでした。

家電製品協会の資料によれば、電気冷蔵庫はその後も、野菜室・肉魚専用室のように食材別に庫内を分けるタイプへと進化し、自動霜取りやチルド室といった機能が加わっていきました。1980年代後半にはインバーター制御が導入され、省エネ性能も向上していったとされています。氷から電気への切り替えが最初の大きな転換点でしたが、電気冷蔵庫になったあとも、庫内の使い方や省エネ性能という面で、変化は続いていったことになります。

出典:一般財団法人家電製品協会「冷蔵庫の歴史とヒミツ」(学ぼう!スマートライフ)

冷やし方が変わり、暮らしも変わった

氷式冷蔵庫から電気冷蔵庫への移行を、あらためて5つの軸で並べ直してみます。業務の場で先に使われていた氷式冷蔵庫と、その後家庭にも広がっていった電気冷蔵庫を比べると、単に道具が入れ替わっただけでなく、「冷蔵」という機能が家庭にまで届く範囲そのものが広がっていったことが見えてきます。

冷却源は、氷屋から買う氷の塊から、電気で動くコンプレッサーへ変わりました。温度の安定性も大きく変わった点です。氷式冷蔵庫は氷が溶けるにつれて庫内温度が上がっていく仕組みだったのに対し、電気冷蔵庫はスイッチが入っている限り一定の低温を保ち続けられます。

補給の軸では、氷屋を待って氷を買い足す作業自体が不要になりました。保存できる期間も、氷が持つ間という制約から、電気が通っている限りという条件へ変わり、買い置きできる食材の種類や量が増えていったと考えられます。家庭の台所仕事という軸で見ると、冷蔵庫が「氷を買って入れるもの」から「スイッチを入れておくだけのもの」に変わったこと自体が、日々の家事の内容を変えていったといえます。

氷屋に頼らず、いつでも一定の低温で食品を保存できるようになったことは、単に道具が電化しただけでなく、氷の残量を気にしながら暮らすという生活のリズムそのものが不要になったことを意味していました。この5つの軸から見える変化は、あくまで今回確認できた範囲の整理であり、冷蔵庫の電化が家庭生活全体をどう変えたかという、より大きな主張までを裏づけるものではありません。

氷を入れ忘れて食品が傷んでしまう心配も、電気冷蔵庫の普及とともに過去のものになっていきました。静かながら大きな出来事だったといえます。

氷の冷たさを頼りにした時代

スイッチひとつで庫内が冷える今の冷蔵庫とは違い、氷屋から届く氷の塊だけが頼りだった時代がありました。氷が溶けきる前に次の氷を買い足すという、今では想像しにくい生活のリズムが、当時の台所には確かにありました。氷式冷蔵庫は、電気に頼らない工夫と、人と人との商いのやり取りの両方によって支えられていた、暮らしの知恵の記憶です。

そしてその氷式冷蔵庫でさえ、多くの一般家庭にとっては身近な存在ではありませんでした。業務の場で先に使われていた氷式冷蔵庫と比べると、電気という新しい動力を使った冷蔵庫が家庭にまで届くのには、さらに時間がかかったことになります。そう考えると、今当たり前にある「冷蔵庫のある暮らし」は、思ったよりも新しい習慣だといえるのかもしれません。毎日その日の分だけ買い物をしていた頃の暮らしから、まとめ買いをして数日分を保存できる今の暮らしまで、その間には、業務の場から一般家庭へと「冷蔵」という機能が広がっていく、長い時間の隔たりがありました。

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出典・注意事項

本ページは、各務原市公式ウェブサイト、一般財団法人家電製品協会、株式会社ニチレイ公式、帝国データバンク史料館の資料をもとに構成しています。個別の情報については、各見出しに出典を明記しています。氷の購入単位や排水の具体的な仕組みについては確実な裏付けが得られなかったため、断定的な記載を避けています。

ページ内のイメージ画像はAIによるものであり、特定の人物・場所・年代を再現した実際の写真ではありません。