プリクラはいつから?1995年7月25日発売「プリント倶楽部」からの歩み

公開日:2026年9月1日

1990年代後半の日本のゲームセンターで、女子高生が写真プリント機のブースの前に並んでいる情景のイメージ画像(特定の商品・ブランド・画面デザインの再現ではありません)

※AIによるイメージ画像です

撮ったその場でシールになって出てくる写真。友達と交換したり、手帳にびっしり貼り付けたりした記憶がある人もいるのではないでしょうか。

このページでは、プリクラが1995年にどう発売され、女子高生を中心にどう広まっていったのかを、セガ・フリューの公式資料をもとにたどります。

プリクラは1995年7月25日に発売

SEGA公式プレスリリースによれば、「プリント倶楽部」(通称プリクラ)は、セガ・エンタープライゼス(当時)とアトラスが共同開発し、1995年7月25日に稼働を開始したシール式写真プリント機です。プレイヤーが機械のブースの中で撮影した写真を、その場でシール台紙に印刷して手に入れられるという、それまでのゲームセンターにはなかった商品でした。

フリュー公式のプリ30周年特設サイトによれば、「プリント倶楽部」という名称には、撮った写真をシールにして手帳や交換ノートに貼り、友達同士で交換し合う「クラブ活動」のような楽しみ方をしてほしいという願いが込められていたといいます。

出典:SEGA公式プレスリリース「『プリント倶楽部』誕生30周年」/フリュー公式「プリ30周年」特設サイト

1990年代後半、女子高生の必須アイテムに

SEGA公式プレスリリースによれば、稼働開始から間もなくプリクラは女子高生を中心に爆発的な人気を集め、1990年代後半にはゲームセンターの店頭に専用コーナーが設けられるほどの存在になりました。撮ったシールを手帳やカバンに貼り付け、友達と交換し合うことが、当時の学生生活の一部になっていたことがうかがえます。

フリュー公式によれば、プリクラは単なる記念撮影の道具にとどまらず、友達同士のコミュニケーションのきっかけとしても定着していきました。放課後にゲームセンターへ寄って撮影し、その場でシールを分け合うという行動自体が、当時の女子高生文化を象徴する光景の一つになっていたとされています。

出典:SEGA公式プレスリリース「『プリント倶楽部』誕生30周年」/フリュー公式「プリ30周年」特設サイト

1990年代後半の日本のゲームセンターで、女子高生が撮影したシール写真を手帳に貼っているイメージ画像。特定の商品・ブランド・画面デザインの再現ではありません。
※当時の雰囲気をもとにAIで作成したイメージ画像です

機種とともに変わっていった写り方

フリュー公式のプリ30周年特設サイトによれば、プリクラは登場から現在に至るまで、参入した各メーカーによって次々と新機種が開発され、そのたびに写り方や機能も変化を重ねてきました。初期は等身大に近い写真がそのままシールになる形でしたが、その後は目を大きく見せる加工や、背景・スタンプの選択機能など、より「盛れる」写真を目指した進化が続きました。

こうした機種の世代交代のたびに、当時のプリクラ好きの間で「新機種を試しに行く」ということ自体が一つの楽しみになっていたと考えられます。

出典:フリュー公式「プリ30周年」特設サイト

発売年からもっと見る

プリクラと同じ1990年代に流行した遊び・商品は、発売年順にまとめた年表ページや、1990年代のページでもあわせて確認できます。

友達同士で集まって楽しんだ文化としてはカラオケの歴史やたまごっちの歴史もあわせてご覧ください。

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出典・注意事項

本ページは、SEGA公式サイト・フリュー公式サイトの資料をもとに構成しています。個別の情報については、各見出しに出典を明記しています。

ページ内のイメージ画像はAIによるものであり、特定の人物・場所・年代を再現した実際の写真ではありません。