ガチャガチャはいつから?1965年に日本へ上陸したカプセルトイ文化
公開日:2026年9月1日

※AIによるイメージ画像です
硬貨を入れてハンドルを回すと、コトンと出てくるカプセル。何が入っているか分からないドキドキ感を味わった記憶がある人もいるのではないでしょうか。
このページでは、ガチャガチャ(カプセルトイ)が1965年にどう日本へ上陸し、1977年のバンダイ参入を経てどう広まっていったのかを、ペニイ・タカラトミーアーツ・バンダイの公式資料をもとにたどります。
ガチャガチャは1965年に日本へ上陸
ペニイ公式サイトおよびタカラトミーアーツ公式サイトによれば、カプセルトイの自動販売機は1965年、株式会社ペニイ商会(現・株式会社ペニイ)がアメリカからマシンを輸入したことをきっかけに日本へ上陸しました。日本で初めてカプセルトイが販売されたのはこのときとされています。
ペニイ公式の「GACHA'S DAY」によれば、当初は硬貨を入れてハンドルを回すと、カプセルに入ったおもちゃがランダムに出てくるというシンプルな仕組みの機械で、駄菓子屋の店先などに置かれる形で広まっていきました。
駄菓子屋やおもちゃ屋の店先へ
nippon.comの記事によれば、カプセルトイの自動販売機は、その手軽さから駄菓子屋やおもちゃ屋の軒先に置かれることが多く、子どもたちが小遣いを握りしめて立ち寄る場所の一つになっていきました。何が出てくるか分からないという偶然性も、繰り返し遊びたくなる魅力の一つだったと考えられます。
ペニイ公式によれば、1970年代に入ると取扱店舗数も増え、カプセルトイは駄菓子屋の店先で見かける身近な存在として定着していきました。
1977年、バンダイが参入
バンダイ公式の「歴史」によれば、バンダイは1977年4月にカプセルトイ事業へ参入し、自社の機械を「ガシャポン」と名付けて展開を始めました。バンダイ公式の企業コラム「夢・創造人」によれば、当時20円が主流だった市場に、バンダイは100円という高額な価格でカプセルトイを投入したといいます。
同コラムによれば、価格を上げた分、中身のクオリティにもこだわった商品展開を行ったことが、その後のガシャポンの人気につながっていったとされています。

メーカーごとに広がったカプセルトイ文化
タカラトミーアーツ公式の「ガチャ日本上陸60周年」特設サイトによれば、バンダイが「ガシャポン」という名称を自社ブランドとして使う一方、タカラトミーアーツは1996年から「ガチャ」「GACHA」という名称を自社ブランドとして使い始めました。
このように、メーカーごとに異なる名称のブランドを展開しながらも、硬貨を入れてハンドルを回し、カプセル入りのおもちゃを手に入れるという遊び方そのものは共通していて、複数のメーカーがそれぞれの持ち味を生かしながら、カプセルトイという文化を今日まで一緒に広げてきました。
発売年からもっと見る
ガチャガチャと同じ駄菓子屋文化としては昭和の駄菓子屋文化やビックリマンの歴史もあわせてご覧ください。
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あなたが子どもの頃のガチャガチャは?
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これ覚えてる?
学校・地域・年代によって内容は異なります。あなたの記憶と重なるものはありますか?
- ガチャガチャで何を集めていましたか?
- 駄菓子屋やおもちゃ屋の前でガチャガチャを回した記憶はありますか?
- 「ガシャポン」「ガチャ」どちらの呼び方に馴染みがありますか?
出典・注意事項
本ページは、ペニイ公式サイト・タカラトミーアーツ公式サイト・バンダイ公式サイトの資料をもとに構成しています。個別の情報については、各見出しに出典を明記しています。
ページ内のイメージ画像はAIによるものであり、特定の人物・場所・年代を再現した実際の写真ではありません。