お年玉付き年賀はがきとは?くじ付き年賀状のはじまり

公開日:2026年9月6日 更新日:2026年9月11日

届いた年賀状を家族で見る、昭和・平成の茶の間のイメージ

※AIによるイメージ画像です

お正月、届いた年賀状の下についている数字を、家族でくじの結果と見比べた記憶はありませんか。

年始の挨拶を送り合う年賀状の習慣そのものは、実はお年玉付き年賀はがきよりずっと古くからあります。「お年玉付き年賀はがき」という仕組みが、いつ、どんな思いで作られたのかを、日本郵便公式・郵政博物館の資料をもとにたどります。

お年玉付き年賀はがきとは?くじ番号が付いた年賀専用のはがき

お年玉付き年賀はがきは、はがき自体にくじ番号が印刷された、年賀状専用のはがきです。「お年玉付郵便はがき等の販売に関する法律」に基づく制度として作られ、お正月に届く年賀状を開けるたびに、番号を見比べる楽しみが加わりました。

ふだんの郵便はがきとは違い、法律に基づいて発行されるという点も特徴です。単なる印刷デザインの工夫ではなく、国の制度としてくじの仕組みが組み込まれた、年賀状専用の特別なはがきだったことになります。

出典:日本郵便公式ブログ「JP CAST」年賀状の歴史|郵政にまつわるエトセトラ

年賀状の習慣は、平安時代までさかのぼる

郵政博物館公式によれば、年始の挨拶を手紙で交わす習慣は平安時代後期の手紙文例集にすでに記録が残っているといいます。ただし、これが年賀状の確実な起源だと断定できるわけではなく、日本における年賀状の起源そのものははっきりしないと紹介されています。

同館によれば、明治4年(1871年)の近代郵便創業、明治6年(1873年)の郵便はがきの登場、明治33年(1900年)の私製はがき認可という制度の変遷を経て、年賀状を送り合う習慣は少しずつ多くの人に広がっていったといいます。

私製はがきが認められたことで、それまで官製はがきの決まった様式でしか送れなかった年賀状に、送り手が自由に絵や図柄を添えられるようになりました。

出典:郵政博物館公式サイト「年賀状」

年末に出しても元日に届く、年賀郵便の仕組み

郵政博物館公式によれば、明治32年(1899年)には指定局で「年賀郵便特別取扱」が始まり、明治38年(1905年)には全国すべての郵便局で取り扱いが可能になりました。年末のうちに出した年賀状を元日にまとめて配達するというこの仕組みによって、年賀状の差し出し時期が年始から年末へと変わっていったといいます。

昭和10年(1935年)には年賀切手も登場したと紹介されており、年賀状という文化を郵便制度の側から支える仕組みが、明治から昭和にかけて少しずつ整えられていったことがわかります。

出典:郵政博物館公式サイト「年賀状」

戦争とともに、年賀状も姿を消した時期

年賀状博物館(フタバ社運営)によれば、1937年の日中戦争開始以降、社会の雰囲気は少しずつ変化し、1940年には年賀郵便特別取扱が「当面の間」中止となったと紹介されています。1941年の太平洋戦争開始後は、逓信省自らが年賀状を控えるよう呼びかけるポスターを掲げていたともいいます。

整えられてきたはずの年賀状の制度が、戦争によっていったん止まってしまったことになります。同館によれば、1945年の正月には、年賀状が届く家庭はほとんどなかったと伝えられています。

出典:年賀状博物館(フタバ社運営)「年賀状と戦争」

1949年12月1日、お年玉付き年賀はがきが始まった

日本郵便公式ブログ「JP CAST」によれば、お年玉付き年賀はがきは1949年(昭和24年)12月1日に発行が開始されました。終戦後、通信が途絶えていた状況の中で年賀状を復活させ、お互いの消息を確かめ合えるようにしたいという思いが制度の出発点だったと紹介されています。

戦争によって多くの人が家族や知人と離ればなれになり、安否も分からないまま終戦を迎えた時期でした。年に一度、決まった時期に挨拶状を送り合うという年賀状の習慣は、そうした人々が互いの無事を確認し合う手段としても期待されていたことになります。

出典:日本郵便公式ブログ「JP CAST」年賀状の歴史|郵政にまつわるエトセトラ

考案者・林正治氏と、くじに込められたもうひとつの思い

郵政博物館公式・国立国会図書館レファレンス協同データベースによれば、この企画を考案したのは京都在住、大阪・心斎橋で洋品店を営んでいた林正治氏でした。当時42歳だったといいます。JP CASTによれば、年賀状の復活に加えて、お年玉のくじと寄付金を組み合わせることで、夢もあり社会福祉にもつながる仕組みにしたいという発想だったと紹介されています。

国立国会図書館レファレンス協同データベースによれば、林氏はもともと祖父が営んでいた樹脂加工会社を継いでいましたが、工場が火災で全焼したことをきっかけに、かねて志していた画家としての活動に専念するようになったといいます。水彩画を描くプロ級の腕前を持つ町の画家であり、牛乳瓶の栓抜きなど複数の特許も持つアイデアマンでもあったと紹介されています。

同データベースによれば、林氏は1949年6月にこの企画を思いつくと、自ら見本のはがきや宣伝用ポスターを作成し、大阪の逓信局、さらに紹介状を得て東京の逓信院へ企画を持ち込んだといいます。郵便や広告の専門家ではない一人の民間人が、自作の見本を手に役所へ企画を売り込みに行ったという経緯は、この制度が生まれた背景として印象的です。

JP CASTによれば、郵政省内では当初反論もありながら、世界初のくじ付き郵便物の制度として実現したといいます。一人の民間人が持ち込んだアイデアが、国の郵便制度そのものに組み込まれていったという経緯は、この仕組みのユニークな点だといえるでしょう。

出典:日本郵便公式ブログ「JP CAST」年賀状の歴史|郵政にまつわるエトセトラ/郵政博物館公式サイト「年賀状」/国立国会図書館 レファレンス協同データベース「お年玉付き年賀はがきの発案者、林正治氏について」

寄付金は、今どこへ届いているのか

日本郵便公式によれば、現在の寄付金付き年賀はがきは、絵入りはがき(90円)のうち5円が寄付金として組み込まれており、切手の場合は3円が寄付金にあてられているといいます。

同公式によれば、集まった寄付金の使い道は法律により社会福祉の増進、災害救助、青少年教育、文化財保護、地球環境保全など10分野に限定されており、総務大臣の認可のもと、有識者による審査を経て年間約1億円規模の助成として、全国の非営利団体へ配分されているといいます。

1949年に林氏が思い描いた「夢もあり社会福祉にもつながる仕組み」は、具体的な制度として今も生きていることになります。届いた年賀状のくじ番号を確認する楽しみの裏側で、はがき代の一部が今も見えないところで誰かの役に立っているというのは、あまり意識されていないかもしれません。

出典:日本郵便公式「年賀寄付金について」

発行枚数を大きく伸ばし、1982年には絵入りはがきも登場

JP CASTによれば、お年玉付き年賀はがきが始まって以降、年賀はがきは年々発行枚数を伸ばしていき、1982年には絵入りの年賀はがきも登場し、デザインの幅が広がっていったといいます。具体的なピークの年・枚数については、後述の日本経済新聞の記事で確認できる数字とあわせて紹介します。

出典:日本郵便公式ブログ「JP CAST」年賀状の歴史|郵政にまつわるエトセトラ

届いた年賀状のくじ番号を家族で見比べる手元のイメージ
※当時の雰囲気をもとにAIで作成したイメージ画像です

今も続く、元日に届く仕組み

日本郵便公式によれば、現在も年末の決められた期間内に投函すると、元日にあわせて配達される仕組みが続いています。2026年用でいえば、12月20日から27日までに投函した年賀状が元日に届けられ、28日の投函であれば三が日のうちに、それより遅い投函は松の内までに順次配達されるといいます。

本来、元日は他の祝日と同様、通常の郵便物は配達されない日にあたります。それでも年賀状だけは元日に特別に配達される——明治32年に始まった年賀郵便特別取扱の考え方が、投函の締め切りという形を変えながら、今も生きていることになります。

出典:日本郵便公式「郵便局のプリントサービス」年賀状の配達日について

ピーク時の6分の1へ、今の年賀状事情

日本経済新聞の記事によれば、年賀はがき全体の発行枚数は2004年用の44億5千万枚をピークに減少が続いており、2026年用の発行枚数は約7億5千万枚と、前年比で30.1%減、ピーク時のおよそ6分の1の規模にまで縮んでいるといいます。

同記事によれば、SNSの普及や郵便料金の値上げ、物価高を背景とした節約志向の広がりによる「年賀状じまい」などが、この減少の要因として挙げられています。くじ番号を見比べる楽しみとともに広まった年賀状の習慣も、通信手段が多様化した今、少しずつ形を変えつつあるようです。

帝国データバンクが2025年12月に企業1,205社を対象に行った調査によれば、58.1%の企業がすでに「年賀状じまい」を実施しており、前年の49.4%から8.7ポイント上昇したといいます。同調査によれば、2024年の郵便料金値上げに伴うコスト・事務作業の削減、ペーパーレス化に加え、他社や業界内の動向を見て取りやめる企業も多いと紹介されています。

個人だけでなく、企業同士のやり取りとして続けられてきた年賀状も、同じように見直しの対象になっていることになります。同調査によれば、2026年1月分として年賀状を送る予定の企業は3割を下回る見込みだといいます。

出典:日本経済新聞「2026年用年賀はがきの発行3割減 前年比、ピーク時の6分の1に」/株式会社帝国データバンク「『年賀状じまい』に関する企業の意向アンケート」(2025年12月)

紙の年賀状から、スマホに届く年賀状へ

JP CASTによれば、日本郵便は2021年12月8日に、LINE上で年賀状をやり取りできる「スマートねんが」というサービスを電通と共同で開発し、公開しました。相手に合わせてメッセージや画像をカスタマイズでき、動画や音声を添えることもできるといいます。

同記事によれば、このサービスには紙のお年玉付き年賀はがきのくじに相当する、LINEポイントが当たる抽選機能も組み込まれているといいます。メールやLINEで新年の挨拶を済ませる若い世代が増える中、年始の挨拶という文化そのものを時代に合わせて残したいという思いから生まれたサービスだと紹介されています。

紙のはがきにくじ番号を印刷するという1949年のアイデアが、今度はスマートフォンの画面の中で、形を変えて受け継がれていることになります。届け方は変わっても、「新年の挨拶に、ちょっとした楽しみを添える」という発想そのものは、70年以上たった今も生き続けているようです。

出典:日本郵便公式ブログ「JP CAST」年賀状の文化を新しいかたちで!スマホに届く「スマートねんが」に込めた遊び心

元日の郵便受けを確認する、あの時間

遠く離れて暮らす親戚や、卒業した学校の友達。1年に一度、決まった日に同じ形式のはがきが届くという習慣は、年賀状という仕組みだからこそ成り立つものでした。

そこにくじ番号が加わったことで、届いた一枚一枚に「今年は何か当たるかもしれない」という楽しみも生まれました。元日の郵便受けを確認しに行く時間は、こうして少しずつ形を変えながら、多くの家庭の正月の記憶の一部になっていきました。

終戦直後、途絶えていた人と人との連絡を取り戻したいという願いから始まった仕組みに、一人の民間人が考えたくじが加わり、平安時代からの挨拶の習慣が、昭和・平成を通じて日本中の年始の風景の一部になっていった——お年玉付き年賀はがきの歩みは、一枚のはがきに積み重なった、いくつもの時代の思いをたどる歴史でもあります。

明治の郵便制度、戦争による中断、一人の民間人が持ち込んだくじのアイデア、そして今のデジタル年賀状まで。年賀状という一枚の紙は、時代が変わるたびにその姿を少しずつ変えながらも、「新しい年に、誰かへ思いを届ける」という役割だけは、今もそのまま受け継いでいるようです。

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出典・注意事項

本ページは、日本郵便公式ブログ「JP CAST」・郵政博物館公式サイト・国立国会図書館レファレンス協同データベース・日本経済新聞の資料をもとに構成しています。個別の情報については、各見出しに出典を明記しています。年賀状の起源そのものは郵政博物館の記事でも断定されていないため、本ページでも確認できた範囲の記述にとどめています。

ページ内のイメージ画像はAIによるものであり、特定の人物・場所・年代を再現した実際の写真ではありません。