ウォークマン初代はどんな製品?1979年、音楽を持ち歩く文化の始まり

公開日:2026年8月31日 更新日:2026年9月13日

1979年から1980年代初頭の日本で、若者がヘッドホンをして小型カセットプレーヤーを持ち歩いている情景のイメージ画像(実在するTPS-L2・SONYロゴの再現ではありません)

※AIによるイメージ画像です

ヘッドホンをつけて、外を歩きながら好きな音楽を聴く——今では当たり前のその体験を初めて実現したのが、1979年に登場した初代ウォークマンでした。

このページでは、初代ウォークマン(TPS-L2)がどんな製品だったのか、そして「音楽を持ち歩く」という体験がどう広がっていったのかを、公的資料をもとにたどります。

ウォークマンは1979年に誕生

ウォークマンは、ソニーが1979年7月1日に発売した携帯型のステレオカセットプレーヤーです。ソニーグループ公式によれば、初代機の型番はTPS-L2で、発売価格は33,000円でした。公益社団法人発明協会「戦後日本のイノベーション100選」によれば、1978年から開発が始まり、新開発の超軽量なステレオヘッドホン(型番MDR-3L2、重量45g、開発時の愛称は「H・AIR(ヘアー)」)とともに発売されました。

発明協会の資料(経緯ページ)によれば、33,000円という価格は、当時の会長・盛田昭夫氏が「その年がソニー創立33周年にあたることにちなんで決めた」というエピソードが伝えられています。

ソニーグループ公式・発明協会の資料によれば、ウォークマンは既存の小型テープレコーダー「プレスマン」から録音機能を取り除き、再生に特化させて音質を高めることで開発されました。発明協会の資料によれば、この発想のきっかけは、名誉会長だった井深大氏が海外出張中にステレオ録音機を使ったものの持ち運びに不満を感じ、「プレスマンに再生専用でよいからステレオ回路を組み込めないか」と社内に相談したことだったといいます。

発売前には社内外から「再生専用機なんて聞いたことがない。録音機能が付いていないと売れない」と懐疑的な声もあったといいます。

出典:ソニーグループ公式ニュースリリース「個人で音楽を楽しむ文化を創造した“ウォークマン”本日誕生20周年」/ソニーグループ公式「商品のあゆみ-パーソナルオーディオ」/公益社団法人発明協会「戦後日本のイノベーション100選」ウォークマン/公益社団法人発明協会「戦後日本のイノベーション100選」ウォークマン(開発の経緯)

誕生の経緯は、語る立場によって少し違って見える

nippon.comの記事によれば、ウォークマン1号機の開発期間はわずか4カ月という、異例の短さだったといいます。発明協会の資料では、名誉会長だった井深大氏が、海外出張中に音楽を聴きたいと考え、「プレスマン」の改造を指示したことが、開発のきっかけとして紹介されています。

一方、開発リーダーを務めた黒木靖夫氏は、著書の中で、少し違う角度からこの経緯を語っています。nippon.comの記事によれば、黒木氏は「ウォークマンは若いエンジニアの遊び心から生まれたもので、商品企画のラインアップにはなかった」と述べており、開発技術者の大曽根幸三氏も、エンジニアが遊びで改造していたものが経営陣の目に留まった、という趣旨の証言をしているといいます。

発明協会の資料が紹介する経緯と、開発現場に近かった当事者たちの後年の証言とでは、強調されているポイントが少し異なるようです。どちらか一方が誤りだと断定できる材料はありませんが、同じ出来事について、語る立場によって光の当て方が違う、という一例として記録しておく価値がありそうです。

出典:nippon.com「革命的音楽プレーヤー『ウォークマン1号機』はいかにして生まれたか」/公益社団法人発明協会「戦後日本のイノベーション100選」ウォークマン(開発の経緯)

「ウォークマン」という名前は、どう決まったのか

命名者である河野透氏本人へのインタビュー(Orbray)によれば、当初考えられていた名前は「ウォーキー」でした。ロゴに足を描いて、屋外で使うイメージを出したかったといいます。

ところが、「ウォーキーはすでに東芝が商標登録していた」ため、この名前は使えなくなりました。そこで河野氏は、前身の録音機「プレスマン」と「ウォーキー」を組み合わせ、「ウォークマン」という、河野氏自身の言葉を借りれば「摩訶不思議な和製英語」を考案したといいます。

海外では通じない和製英語だったため、発売当初は国ごとに別の名前がつけられることになりました——このあたりの経緯は、次の章で見ていきます。

出典:Orbray「日本のものづくりを伝える戦略とは。ウォークマン名付け親 河野透氏との対談」

「音楽を持ち歩く」という新しい体験

それまでステレオで音楽を楽しむには、家庭に据え置いた大きなオーディオ機器が必要でした。ソニーグループ公式によれば、ウォークマンは屋外でも個人で音楽を楽しむという新しい文化を創造したとされています。軽量なヘッドホンと組み合わせることで、電車の中や街を歩きながらでも、自分だけの音楽を楽しめるという、それまでにない体験を生み出しました。

nippon.comの記事によれば、発売を主導した盛田昭夫氏は「1日中音楽を楽しみたいという若者の願いを満たし、音楽を外へ持って出られるようにしたい」という趣旨の考えを持っていたと伝えられています。

電子デバイス産業新聞によれば、発売直後の売れ行きは芳しくなく、発売月の販売台数はわずか3,000台程度だったといいます。新聞各紙の扱いも小さかったとされていますが、8月末になると店頭で売り切れが相次ぎ、そこから人気に火が付いていきました。

その後も品薄は続いたようです。nippon.comの記事によれば、1980年4月の報道では「月産2万台に増やしても受注残が生じる」という状態だったと伝えられています。1981年1月10日の日本経済新聞は、大学入試会場でイヤホンをつけて音楽を聴く受験生の姿を「緊張の中にも余裕――『ウォークマン女学生』も」という見出しで取り上げています。新聞が報じた一つの事例ですが、受験会場にまで持ち込まれるほど身近になっていたことがうかがえます。

一方で、当時のすべての反応が好意的だったわけではないようです。開発リーダーだった黒木靖夫氏は、著書『ウォークマン流企画術』の中で、当時「大人がウォークマンを、外界拒絶的な自己陶酔の道具として批判し、孤独人間が増えるのを憂え始めた」と記しています。誰が、いつ、どのように批判したかまでは特定できませんが、黒木氏自身がそうした空気を感じ取っていたことがうかがえます。

出典:ソニーグループ公式ニュースリリース「個人で音楽を楽しむ文化を創造した“ウォークマン”本日誕生20周年」/nippon.com「革命的音楽プレーヤー『ウォークマン1号機』はいかにして生まれたか」/電子デバイス産業新聞

1980年代の日本の電車内や公園で、一人でヘッドホンをして音楽を楽しんでいる若者のイメージ画像。実在する商品・ロゴの再現ではありません。
※当時の雰囲気をもとにAIで作成したイメージ画像です

世界に広がった「ウォークマン」という名前

発明協会の資料によれば、ウォークマンは発売後、売り切れの店が続出するほどの人気となり、その後は世界的にも成功を収めました。「ウォークマン」という名称は世界中で定着し、『オックスフォード・イングリッシュ・ディクショナリー』のような英語の辞書にも掲載されるまでになったといいます。

発明協会の資料(経緯ページ)によれば、海外展開の当初は国ごとに異なる名前が使われており、アメリカでは「サウンドアバウト」、イギリスでは「ストウアウェイ」、オーストラリアでは「フリースタイル」という名称で売り出されていたといいます。盛田昭夫氏が欧州出張中に、現地で「ウォークマン」という名前がすでに広まっていることを知ったことがきっかけとなり、世界共通のブランド名として統一されたと伝えられています。

nippon.comの記事によれば、1981年2月発売の2代目「WM-2」(32,000円)は、初代機の設計をそのまま踏襲するのではなく、「ウォークマンとはどうあるべきか」を考えて設計された初めての機種だったといいます。カセットケースサイズまで小型化し、ボタン配置も前面にまとめたWM-2は海外でも人気を集め、発売から9カ月で100万台を突破したとされています(初代TPS-L2は2年間で150万台)。

アイワ・松下電器・東芝など同業他社も参入しましたが、ソニーはブランド力と先行者としての強みを生かして市場での優位を保ったといいます。1982年10月末時点での累計出荷台数は550万台、うち6割強が輸出向けだったと、nippon.comの記事は伝えています。

出典:公益社団法人発明協会「戦後日本のイノベーション100選」ウォークマン/公益社団法人発明協会「戦後日本のイノベーション100選」ウォークマン(開発の経緯)/nippon.com「革命的音楽プレーヤー『ウォークマン1号機』はいかにして生まれたか」

カセットテープそのものの歴史は、また別の記事で

ウォークマンが変えたのは、あくまで「音楽の聴き方」です。カセットテープという記録媒体そのものが、どんな仕組みで録音・再生され、どう発展していったかについては、カセットテープの記憶で詳しくまとめています。このページでは、ウォークマンという「持ち歩いて聴くための機器」の歴史に絞って見ていきます。

カセットから、CD、MD、そしてデジタルへ

ソニーグループ公式noteの製品年表によれば、初代機の発売後も、ウォークマンは小型化・軽量化を重ねていきました。1981年の「WM-2」はメタルテープに対応しながらさらに軽量化され、1983年の「WM-20」は「カセットケースのサイズでウォークマンをつくろう」というコンセプトのもとに作られ、1985年の「WM-101」では初めてガム型充電池を採用し、重さ200g以下を達成しています。

1990年にはDAT方式の「TCD-D3」が登場し、1992年には「世界初のミニディスクレコーダー」とされる「MZ-1」(MDウォークマン1号機)が発売されました。1996年の「MZ-E50」は、当時世界最小・最軽量の再生専用MDウォークマンだったといいます。MDという記録メディア自体の仕組みについては、MD(ミニディスク)でもまとめています。

1999年は、ちょっと面白い年です。CDウォークマン15周年モデル「D-E01」が発売された同じ年に、メモリースティックを使う「NW-MS7」も発売されています。カセット→CD/MD→デジタルという流れは、ある日きれいに切り替わったのではなく、複数のメディアが一時期並行していた時期を経て進んでいったことがうかがえます。

その後は、2004年に20GBのハードディスクを搭載した「NW-HD1」、2005年に有機ELディスプレイを搭載した「NW-A3000」、2013年にはウォークマン初のハイレゾ音源対応機「NW-ZX1」が登場するなど、記録メディアはカセット・MD・CDといった物理メディアから、内蔵メモリーへと移っていきました。2016年には無酸素銅筐体を採用した「NW-WM1Z」(Signature Series)が登場し、これが現在まで続くフラッグシップ機の系譜のはじまりになっています。

ソニー公式サイトによれば、現在(2026年時点)のラインナップは、無酸素銅切削筐体の「NW-WM1ZM2」を含むWM1シリーズを筆頭に、ストリーミング対応の「NW-ZX707」「NW-A300シリーズ」、普及モデルの「NW-S310」、水泳などでも使える防水・Bluetooth対応の「NW-WS620」「NW-WS410」まで、用途別に複数のシリーズが並行して販売されています。

出典:ソニーグループ公式note「ウォークマン(R)45歳の誕生日」/ソニー公式ウォークマン製品ページ

音楽を聴く場所は、どう変わってきたか

ウォークマン登場前、ステレオで音楽を聴くには、家庭に据え置いた大きなオーディオ機器が基本でした。場所は家の中、聴くのは家族や同居人と共有することが多い機器、操作もその場に座って行うものだったといえます。

初代ウォークマンが広げたのは、携帯型ステレオカセットプレーヤーとして、日常的に音楽を持ち歩く使い方でした。場所は電車や街なかへ、聴く相手は自分ひとりへ、操作はヘッドホンをつけて歩きながらへと変わりました。CD・MD世代になっても、この「個人が持ち歩く」という基本の形は引き継がれ、メディアの入れ替えという操作が必要な点は変わりませんでした。

内蔵メモリーとストリーミングが主流になった現在では、メディアを入れ替える動作そのものが不要になり、一台に何千曲も入れて持ち歩けるようになっています。家庭のステレオから始まった「音楽を聴く」という行為が、場所・相手・操作のすべてにおいて、より個人的なものへと変わり続けてきた——その最初の転換点に、ウォークマンがあったといえそうです。

発売年からもっと見る

ウォークマンが登場した1970年代・1980年代に発売された他の商品は、発売年順にまとめた年表ページや、1970年代のページ、当時の若者の音楽文化についてはラジカセの時代でもあわせて確認できます。

あなたが子どもの頃のウォークマンは?

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  • お気に入りのカセットテープはありましたか?
  • 外を歩きながら音楽を聴くのは、どんな気分でしたか?

出典・注意事項

本ページは、ソニーグループ公式サイト(プレスリリース・商品のあゆみ・公式note・製品ページ)・公益社団法人発明協会・信頼できる専門媒体の記事をもとに構成しています。個別の情報については、各見出しに出典を明記しています。

ページ内のイメージ画像はAIによるものであり、特定の人物・場所・年代を再現した実際の写真ではありません。