電話帳はいつから?ハローページ・タウンページ135年史
公開日:2026年9月26日

※AIによるイメージ画像です
分厚い紙の束をめくって、目当ての電話番号を探した経験はありますか。今はスマートフォンで一瞬のことが、かつては一冊の本をめくる作業でした。
この記事では、104番号案内という「聞くサービス」ではなく、電話帳という「紙の本」自体が、いつ生まれ、どう姿を変え、なぜ配られなくなったのかを、NTT西日本や日経クロステックの記録からたどります。
電話帳とは?104番号案内との違い
「電話番号を調べる」という同じ目的のために、かつて日本には2つの手段がありました。ひとつは、自分で電話帳を手に取ってめくる方法。もうひとつは、104番に電話をかけてオペレーターに聞く方法です。
104番号案内は、電話をかけて「聞く」サービスでした。これに対し、電話帳は自分の手元にある「紙の本」そのものです。この記事では、104番号案内の仕組みや料金ではなく、電話帳という紙媒体自体が、いつ生まれ、どう変わり、なぜ姿を消していったのかをたどります。
自分で調べるか、人に聞くか。この2つの手段は、それぞれ別の一次資料に基づく、別の歴史を持っています。104番号案内の歴史は関連記事に譲り、この記事では「モノ」としての電話帳自体の歩みに絞って見ていきます。
1890年、日本初の電話帳「電話加入者人名表」
NTT西日本公式の年表によれば、日本初の電話帳は1890年(明治23年)発行の「電話加入者人名表」だったとされています。電話が日本に導入されたばかりのこの時期、電話を持つ人自体がごく限られていたため、この最初の電話帳もごく薄いものだったと考えられます。
同年表によれば、その後1897年(明治30年)に「電話番号簿」へ改称し、1898年(明治31年)には縦書き・イロハ順という体裁が確立されました。1925年(大正14年)には東京で横書き・アイウエオ順へ切り替わり、翌年には全国で同じ体裁に統一されたとされています。1931年(昭和6年)には、電話帳への広告掲載も始まりました。
名簿としての体裁が整えられ、広告という新しい役割も加わっていく。電話の普及とともに、電話帳もまた、単なる番号の一覧から、暮らしに欠かせない情報媒体へと育っていったことがうかがえます。
縦書きからイロハ順、そして横書き・アイウエオ順へ。この体裁の変化は、単に見た目の問題ではありません。電話を利用する人の数が増えるほど、目的の名前を素早く探し出せる並び方が重要になります。体裁が整えられていく過程は、電話帳が「載せてあるだけの名簿」から「探しやすい実用書」へと磨かれていく過程でもあったといえます。
1951年、人名別と職業別に分かれる
日経クロステックの記事によれば、電話帳はその後1951年、人名別(50音順)電話帳と職業別電話帳の2種類に分かれたとされています。人の名前から番号を調べる場合と、お店や会社の業種から番号を調べる場合とでは、求められる並び順がまったく違います。1冊にまとまっていた電話帳が、目的別の2冊に分かれたことになります。
「近所の電気屋さんの番号を知りたい」ときと、「友人の実家の番号を知りたい」ときとでは、探し方が違う。この当たり前の違いに対応するための分冊は、電話帳が単なる名簿から、目的に応じて使い分ける実用的な道具へと進化した節目だったといえます。
1冊にまとまっていたものが2冊に分かれるということは、それだけ発行や印刷の手間も増えることを意味します。それでもあえて分冊という道を選んだことは、利用者が電話帳に何を求めていたかを、NTT側がそれだけ重視していたことの表れだったとも考えられます。
1983年、公募で「ハローページ」「タウンページ」に
日経クロステックの記事によれば、1983年、人名別電話帳は「ハローページ」、職業別電話帳は「タウンページ」という愛称に改称されました。この愛称は公募によって決定されたものだったとされています。
「電話番号簿」という事務的な名前から、「ハローページ」「タウンページ」という親しみやすい愛称へ。この改称は、電話帳が単なる業務用の名簿ではなく、家庭に置かれる身近な生活情報誌として位置づけ直された出来事だったと見ることができます。
公募という形で名前を決めたこと自体、それまで社内や業界の中だけで決められてきたであろう名称を、利用者にひらいた形で決めたという点で、当時としては珍しい試みだったといえます。「ハロー」という呼びかけの言葉、「タウン(街)」という地域に根ざした響き。どちらも、事務的な「電話番号簿」という名前とは異なる印象を持つ愛称です。
各家庭・お店での使われ方
ハローページは、実家や友人の番号をすぐに調べられる、家庭の電話台にいつも置かれている本でした。引っ越しの挨拶状を書くとき、久しぶりに連絡を取りたい人がいるとき、ページをめくって名前を探した経験がある人も多いはずです。
一方のタウンページは、業種ごとに分かれた分厚い本で、水道の修理を頼みたいとき、近所の店の電話番号を調べたいときに開かれる、いわば「困ったときの本」でした。今のようにインターネットで検索する手段がなかった時代、この2冊は暮らしの中の「調べる」という行為を支える、身近な情報源だったといえます。
お店を経営する側にとっても、タウンページへの広告掲載は、地域のお客さんに自分の店を知ってもらうための、数少ない手段のひとつでした。業種ごとにまとめられたページをめくれば、同業のお店を一度に見比べることもできる。今でいう検索エンジンやポータルサイトのような役割を、紙のタウンページが担っていたことになります。
発行部数の推移、なぜ配られなくなったのか
日経クロステックの記事によれば、タウンページの発行部数は2005年度に全国で約6,310万部というピークを迎えた後、2023年度には約2,662万部にまで落ち込んだとされています。2014年度からは、それまでNTT加入の固定電話契約世帯にのみ配布していた方針を改め、すべての家庭へ配布する方針に変更されており、2017年度には5,176万部まで一時的に持ち直したとされています。
携帯電話やインターネットの普及によって、電話番号を調べる手段そのものが多様化していきました。紙の本をめくらなくても、スマートフォンひとつで検索できる。この変化が、長年家庭に置かれてきた電話帳の役割を、少しずつ小さくしていったことになります。
2014年度に配布方針を全戸配布へ切り替えたことで、発行部数が一時的に増加した点は興味深い動きです。それまでNTT加入の固定電話契約世帯だけに配られていたタウンページが、契約の有無にかかわらずすべての世帯へ届けられるようになったこの方針転換は、電話帳の長い歴史の中でも、配布のあり方そのものが見直された節目のひとつだったといえます。
国立国会図書館の公式サイトによれば、同館は1960年代半ば以降の電話帳を体系的に保存しているが、それより前の電話帳はわずかしか所蔵していないとされています。かつてどの家庭にもあった身近な本でありながら、古い版はあまり残っていないという事実は、電話帳が「保存する本」ではなく「使ったら次の版に入れ替える本」として扱われてきたことを物語っています。
出典:日経クロステック「NTT東西が紙の『タウンページ』を廃止へ、130年超の歴史に幕」/国立国会図書館サーチ「電話帳」所蔵案内

紙の電話帳から、インターネットへ
2024年7月19日、NTT東日本・西日本は公式ニュースリリースで、電話帳(タウンページ等)と番号案内(104番)のサービスを2026年3月31日23時59分に終了する方針を明らかにしました。最終版となるのは、ハローページが2021年10月〜2023年2月発行分、タウンページが2025年1月〜2026年3月発行分とされています。
終了後は、Web版の「iタウンページ」で電話番号を調べられるほか、視覚に障害のある方向けの点字電話帳、聴覚に障害のある方向けの番号案内「ふれあい案内」は継続して提供されるとされています。104番号案内の終了の詳しい経緯・料金の変遷については、104番号案内の記事で確認できます。
1890年に生まれた紙の名簿が、135年以上の時を経てその役割を終える。この記事では、そのモノとしての歩みに焦点をあててきましたが、番号を「聞く」というもう一つの調べ方の歴史は、104番号案内の記事であわせてご覧いただけます。

記憶
1890年の「電話加入者人名表」から、ハローページ・タウンページという愛称の時代を経て、紙媒体としての役割を終えるまで。電話帳の歴史は、日本の電話網そのものの広がりと歩みをともにしてきました。1890年に電話がまだごく一部の人だけのものだった頃から、やがて全国津々浦々の家庭に電話が行き渡るまで、電話帳という本の厚みそのものが、その広がりを映す鏡のような存在だったのかもしれません。
分厚い本を膝の上に乗せ、指でページをめくりながら名前を探していたあの感覚。見つけたときには赤鉛筆で丸をつけておく、という人もいたかもしれません。番号を「調べる」という行為自体が、今よりずっと手間のかかる、けれどどこか確かな手応えのある作業だった時代の記憶です。
電話台の下に積まれていた分厚い本、模様替えのたびに場所を移していたあの本の重み。スマートフォンの画面をタップするだけで済む今の「調べる」とは、まったく違う質感の記憶として残っている人も多いのではないでしょうか。
新しい版が届くと、古い版は資源ごみとして処分され、また1年分の厚みを持つ新しい電話帳が電話台に据えられる。この繰り返しが、1890年から100年以上にわたって、静かに続けられてきたことになります。国立国会図書館にすら古い版がわずかしか残っていないという事実が、この「入れ替わり続ける本」という電話帳の性格を、何よりも雄弁に物語っているといえるでしょう。
誰かの家の電話番号を、記憶ではなく紙の本で確かめていた時代。今ではスマートフォンの連絡先に登録された名前をタップするだけで済んでしまいますが、その手軽さの裏には、135年にわたって積み重ねられてきた電話帳という仕組みの歴史があったことを、忘れずにいたいものです。1890年の小さな名簿から始まった旅は、こうして静かに幕を閉じようとしています。
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電話で番号を聞く「104番号案内」の仕組みと終了の経緯は104番号案内の記憶でたどれます。
あなたが子どもの頃の電話帳事情は?
生まれ年を選ぶと、あなたが子どもだった頃の年代・年齢帯にまつわるページへのリンクを表示します。
これ覚えてる?
学校・地域・年代によって内容は異なります。あなたの記憶と重なるものはありますか?
- 電話台に置かれた分厚い電話帳をめくって、番号を探したことを覚えていますか?
- ハローページとタウンページ、どちらをよく使っていましたか?
- 電話帳が配られなくなったことに気づいたのはいつ頃でしたか?
出典・注意事項
本ページは、NTT西日本公式、日経クロステック、国立国会図書館、NTT東日本公式ニュースリリースの記載内容をもとに構成しています。NTT西日本公式PDFは画像形式のため検索結果経由での確認にとどまり、本文の直接確認はできていません。104番号案内の仕組み・料金・利用回数については、関連記事「104番号案内の記憶」をご覧ください。
ページ内のイメージ画像はAIによるものであり、特定の人物・場所・年代を再現した実際の写真ではありません。