「科学と学習」とは?学研のふろくが楽しみだった小学生時代

公開日:2026年9月6日

教室で理科の観察キットを楽しむ子どもたちのイメージ

※AIによるイメージ画像です

教室で先生から配られる箱を、ふろくは何だろうとドキドキしながら開けた記憶はありませんか。休刊から10年以上を経て、令和になって『科学』も『学習』も、それぞれ形を変えて復刊しています。

学研の学習雑誌『科学』と『学習』が、いつ生まれ、なぜ子どもたちに親しまれ、どのように休刊を迎えたのかを、学研ホールディングス公式などの資料をもとに詳しくたどります。

『科学と学習』とは?学校を通じて届けられた学習雑誌

『科学』と『学習』は、学研(学習研究社、現・学研ホールディングス)が発行していた、小学生向けの学習雑誌です。まとめて「科学と学習」と呼ばれることも多く、学校でまとめて予約を取り、教室で配布されるという独特のスタイルで多くの子どもたちに届けられていました。

『学習』は1946年、『科学』は1957年に創刊された

学研ホールディングス公式「グループのあゆみ」等によれば、学研グループは1946年4月1日、学習研究社として創業しました。『学習』はこの創業とほぼ同時期の1946年に、『科学』はその11年後の1957年に、それぞれ創刊されたとされています。長きにわたり、学校教育を補う存在として親しまれてきました。

出典:株式会社学研ホールディングス公式「グループのあゆみ」

毎号のふろくが、子どもたちを夢中にさせた

『科学』と『学習』が長く支持された大きな理由のひとつが、毎号付いてくるふろくでした。実験キットや観察道具、工作教材など、誌面の内容と連動したふろくが号ごとに変わり、届く箱を開ける瞬間を楽しみにしていた子どもは少なくないでしょう。ふろくを通じて、理科の実験や工作を身近に体験できたことも、この雑誌が長く愛された理由のひとつだったと考えられます。

ラジトピ(ラジオ関西のニュースサイト)の記事によれば、『科学』と『学習』は1970年代終わりの最盛期には、2誌合計で月650万部を販売するまでに成長していたといいます。これは、第2次ベビーブーム世代(いわゆる団塊ジュニア世代)が小学校に入学し始めた時期と重なっており、子どもの数そのものが多かった時代背景と、ふろくという体験型の付録が、この規模の部数を支えていたと考えられます。単なる教材にとどまらず、月に650万部という規模で家庭に届いていたという事実は、この雑誌が当時の子ども文化の中でどれほど大きな位置を占めていたかを物語っています。

出典:ラジトピ ラジオ関西トピックス「最盛期月650万部のメガヒット!学習誌『学研の科学』」

紙箱から科学観察キットの道具を取り出す手元のイメージ
※当時の雰囲気をもとにAIで作成したイメージ画像です

父を炭鉱事故で失った編集者が、教育の道を選ぶまで

Wikipedia(出典が限定的とされる記事)によれば、学習研究社の創業者・古岡秀人氏は1908年、福岡県の筑豊炭田で監督を務める父のもとに生まれ、5歳のときに坑内事故で父を亡くし、母子家庭で育ったと伝えられています。1928年に小倉師範学校を卒業して小学校教員となったのち、小学館や主婦の友社での出版経験を経て、1946年1月1日、東京都大田区で学習研究社を創業したとされています。

創業時の社員は男性5名・女性2名という小さな規模だったといわれ、戦後まもない時期に、雑誌を通じて子どもの学びを支えるという事業を、ごく小さな体制から始めていたことがうかがえます。

古岡氏の名を冠した公益財団法人古岡奨学会の公式サイトでも、氏が師範学校を卒業したのち、「戦後の復興には教育をおいてほかにない」という考えのもと、昭和21年(1946年)に学習研究社を創業したと紹介されています。氏自身の名を冠した財団による記述であり、Wikipediaの解説とあわせて、創業の理念そのものは複数の資料で一致していることが確認できます。

出典:Wikipedia「古岡秀人」(記事冒頭に出典不十分の注記あり)/公益財団法人古岡奨学会「理事長あいさつ」

『科学の教室』から『○年の科学』へ。学年別6誌体制の誕生

Wikipedia「科学と学習」の解説によれば、1963年には『○年の科学』へと改題され、1年生から6年生まで、学年ごとに異なる付録を付ける体制が整えられたとされています。これは、1960年に創刊されていた前身の『科学の教室』から発展した体制だといいます。学年に応じて内容や付録の難易度を変えるという発想が、この時期にはっきりと形になっていたことがわかります。1年生向けには手を動かして楽しめる簡単なふろくを、高学年向けにはより本格的な実験器具を、という学年ごとの目線の違いが、この体制の核心だったと考えられます。

同解説によれば、代表的な付録にはレコードプレーヤー、カブトエビの飼育セット、磁石、ゲルマニウムラジオ、顕微鏡などがあったとされています。実験や観察に使う本格的な道具を、雑誌のふろくという形で毎号家庭に届けていたことが、多くの子どもたちの理科への関心を育てる土台になっていたと考えられます。理科室でしか見られないはずの器具が、毎月自分の手元に届くという体験そのものが、当時の子どもたちにとって特別な価値を持っていたのでしょう。

出典:Wikipedia「科学と学習」

なぜ学校でしか買えなかったのか。「学研のおばちゃん」という仕組み

NTT西日本Biz Clipの記事によれば、『科学』と『学習』は当初、学校の先生を通じて教室で予約・配布される学校直販という独自の販売方式をとっていました。書店を通さず学校で直接売るという仕組みが、学年に合わせた確実な購読につながり、部数を大きく伸ばす土台になっていたと考えられます。

同記事によれば、1971年前後に学校での特定企業の物品販売に対する規制が強まったことを受け、学研は「教育コンパニオン」と呼ばれる女性の販売員による家庭への訪問直販という新しい営業スタイルへ転換しました。地域ごとに担当のコンパニオンが家庭を回り、親子と顔なじみになりながら販売するという、地域に密着した独特の仕組みを築き上げていったといいます。「学研のおばちゃん」という呼び名で親しまれた存在は、単なる配達員ではなく、学校教育を家庭までつなぐ役割も担っていたのです。

まぐまぐニュースの記事によれば、埼玉県の浜野秀子さんという教育コンパニオンは、25年間にわたり、毎月40〜50軒ほどの家庭に学研の本を配達し続けていたと紹介されています。1人のコンパニオンが四半世紀にもわたって同じ地域の家庭を回り続けていたという事実は、この販売方式が単なる営業手法ではなく、地域に根づいた継続的な人間関係の上に成り立っていたことを物語っています。

日本経済新聞の記事によれば、この訪問販売の仕組みは共働きで両親が家にいない家庭が増えたことで販売そのものが難しくなり、学研ホールディングスは2010年に家庭訪問販売事業から撤退したとされています。子どもの数が減っただけでなく、家庭を訪ねても大人が家にいないという、生活スタイルの変化そのものが、この販売方式の存続を難しくしていったことがわかります。地域に密着した訪問販売という仕組みは、それを支えていた「日中家に大人がいる家庭」という前提そのものが崩れたことで、静かに終わりを迎えたのです。

出典:NTT西日本 Biz Clip「学研のおばちゃんまだかな」/まぐまぐニュース!「学研の本気が日本を変えた。『科学と学習』休刊後のV字回復」/日本経済新聞「学研HD、おばちゃんの後担う『おばあちゃん』事業」

2010年、長きにわたる歴史に幕を下ろす

学研ホールディングス公式ニュース「『学習』『科学』休刊のお知らせ」(2009年12月3日発表)によれば、『学習』は2009年度冬号(2010年1月1日発行)、『科学』は2009年度3月号(2010年3月1日発行)を最後に、それぞれ休刊しました。休刊の理由は、児童数の減少やニーズの多様化等の市場環境の変化による部数の減少とされています。同社は、これまでの教育的ノウハウを科学関連教材や「科学実験教室」などに生かしていく考えを示しています。

出典:株式会社学研ホールディングス公式「『学習』『科学』休刊のお知らせ」

2022年、「ふろく付き科学体験」が形を変えて復刊した

PR TIMES STORYの記事によれば、休刊から12年後の2022年夏、『学研の科学』が復刊しました。創刊号のキットは、手回し発電機で電気を生み出し、その電気で水を電気分解して水素を作る「水素エネルギーロケット」で、かつての実験キットの系譜を受け継ぐ内容になっています。

同記事によれば、復刊にあたっては、本(解説記事)・キット・Webコミュニティサイト・スマートフォン用ARアプリという「本」「キット」「Web」「ARアプリ」を組み合わせた複合的な展開が採用されており、編集長はこれによって「科学の体験をさらに拡張する」ことを意図していると説明しています。教室で配られる紙の雑誌という形は終わりましたが、ふろくを開けて自分の手で科学を体験するという核心部分は、デジタル技術と組み合わさりながら、令和の子どもたちにも受け継がれているといえます。

共同通信の記事によれば、『科学』の復刊から数年後、『学習』も16年ぶりに復刊し、第1号は2026年7月9日に発売されたとされています。古墳時代を特集した第1号には、国宝「挂甲の武人」の埴輪(はにわ)を6分の1サイズで再現する組み立てキットが付属し、東京国立博物館が監修を務めているといいます。価格は4,290円で、当面は年1回の発行が予定されているとされ、かつて毎月届いていた学校配布の雑誌とは、発行のペースそのものが大きく変わっていることもうかがえます。

同記事によれば、出版社は復刊の理由について、「インターネットで何でも調べられるデジタル全盛期だからこそ、子どもの探求意欲を高めるリアルの体験がより重視されている」と説明しているといいます。デジタル化によって休刊に追い込まれた雑誌が、そのデジタル化がさらに進んだ時代になって、今度は「デジタルにはない実体験」を売りとして復刊するという流れは、この雑誌の歩みが一周してもとの原点に戻ってきたことを示しているようにも見えます。

出典:PR TIMES STORY「2022年夏、『学研の科学』が復刊!」/共同通信(Yahoo!ニュース)「『学研の学習』16年ぶり復刊 工作付録は国宝のはにわ」

今の学研は、教育と「医療福祉」の会社になっている

学研ホールディングス公式サイトによれば、現在の学研グループは、学習雑誌の出版元というだけでなく、教育分野と医療福祉分野を2本柱とする企業グループへと姿を変えているとされています。教育分野では学研教室や進学塾、幼稚園・保育園向け製品の販売などを、医療福祉分野ではサービス付き高齢者向け住宅(248拠点)や認知症グループホーム(388拠点)、子育て支援施設(103拠点)の運営などを手がけているといいます。

同サイトによれば、2024年度の売上高は1,855億円、学研教室の会員数は約31万2,000人、進学塾の会員数は約7万8,000人にのぼるとされています。『科学』『学習』という2つの雑誌の休刊は、学研という会社そのものの終わりではなく、子ども向けの雑誌出版から、幼児から高齢者までを対象にした教育・福祉サービス全体へと事業の軸を広げていく、大きな転換点の一つだったと見ることができます。

出典:株式会社学研ホールディングス公式「About Gakken Group」

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同じ時代の学校の記憶は百葉箱の記憶や、キャンパスノートの歴史でもあわせて確認できます。

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出典・注意事項

本ページは、株式会社学研ホールディングス公式サイトの「『学習』『科学』休刊のお知らせ」および「グループのあゆみ」をもとに構成しています。個別の情報については、各見出しに出典を明記しています。ふろくの具体的な商品内容については、一般的な表現にとどめています。

ページ内のイメージ画像はAIによるものであり、特定の人物・場所・年代を再現した実際の写真ではありません。