パソコン通信の記憶|インターネットの前につながっていた世界
公開日:2026年9月3日

※AIによるイメージ画像です
電話回線をつないだパソコンの画面に、文字だけの掲示板が表示される——インターネットが今のように当たり前ではなかった時代、そんな方法で人とつながっていたことがありました。
「パソコン通信」と呼ばれたこの仕組みが、いつごろ広まり、どのように使われ、インターネットとは何が違ったのかを、総務省・JPNICの資料をもとにたどります。
1980年代半ば、電話回線でつながった世界
JPNICの解説によれば、パソコン通信は日本国内では1980年代半ばから利用が始まったオンラインサービスです。主に2,400〜9,600bpsのアナログモデムを使った電話回線や、64kbpsのISDN経由でパソコン通信事業者のデータセンターに接続する仕組みでした。利用するには、当時まだ高価だったパソコンやワープロ専用機が必要でした。
電話をかけて、つなぐ
パソコン通信を使うには、まずモデムを電話回線につなぎ、接続先のアクセスポイントへ電話をかける必要がありました。回線がつながると、モデム同士が通信の条件を確認し合う独特の音が鳴り、それが静まるとようやく接続が成立する——今のように「常につながっている」状態ではなく、一回ごとに電話をかけてつなぐものでした。
接続している間は家の電話回線がふさがり、家族の誰かが電話をかけようとしても話し中になる状態が続きました。利用時間に応じて通信料もかさんでいったため、時計を気にしながら画面に向かうのも、当時ならではの感覚でした。
文春オンラインの記事によれば、こうした負担を和らげたのが、NTTが1995年に始めた深夜早朝定額サービス「テレホーダイ」でした。23時から翌朝8時までの間、指定した番号への接続が定額になったことで、チャットルームや電子掲示板に長時間入り浸ることができるようになったといいます。

掲示板・メール・チャットで、知らない誰かとつながる新鮮さ
総務省の解説によれば、パソコン通信では電話回線経由でホストコンピューターに接続し、メールや掲示板、チャットなどのコミュニケーションができました。あわせて、ニュースやデータベース検索といった情報提供サービスも利用できたといいます。
会員制の掲示板に文章を投稿すると、顔も知らない誰かから返信が届く。今では当たり前の光景ですが、電話や手紙しか知らなかった世代にとっては、画面の向こうにいる誰かと文字だけでやり取りできること自体が、新鮮な体験だったといえるでしょう。
インターネットとの違いは「閉じたネットワーク」
総務省の解説によれば、パソコン通信は同じ通信事業者のホストコンピューターに接続している利用者同士でしか、やり取りができない仕組みでした。世界中の誰とでもつながれるインターネットとは異なり、利用できる範囲が限られた「閉じたネットワーク」だったといいます。
インターネット普及とともに、役割を終えて
総務省の解説によれば、パソコン通信の利用者数は1996年に573万人に達しましたが、1990年代後半にインターネットが普及していくにつれて減少していきました。
同じ電話回線とモデムを使う仕組みでありながら、インターネットは特定のホストコンピューターに縛られず、世界中のあらゆる相手とつながれる開かれたネットワークでした。それまで会員同士の掲示板でしか出会えなかった相手が、より広い世界の一部になっていく——多くの利用者にとって、パソコン通信からインターネットへの移行は、閉じた輪の中の会話から、開かれた世界への入り口が広がっていく体験でもありました。
あわせて読みたい
同じ時代の通信文化はポケベルの歴史や、PHSの歴史、Windows 95日本語版の発売でもあわせて確認できます。
あなたが子どもの頃の通信手段は?
生まれ年を選ぶと、あなたが子どもだった頃の年代・年齢帯にまつわるページへのリンクを表示します。
これ覚えてる?
学校・地域・年代によって内容は異なります。あなたの記憶と重なるものはありますか?
- パソコン通信を使ったことはありますか?
- 掲示板やチャットで誰かとやり取りした記憶はありますか?
- インターネットに切り替わったときのことを覚えていますか?
出典・注意事項
本ページは、総務省・JPNICの資料、信頼できるメディアの記事をもとに構成しています。個別の情報については、各見出しに出典を明記しています。特定の商用サービスの詳細な歴史には踏み込まず、仕組みそのものの解説にとどめています。
ページ内のイメージ画像はAIによるものであり、特定の人物・場所・年代を再現した実際の写真ではありません。