郵便配達はいつから自転車に?赤い自転車と書留の歴史
公開日:2026年9月26日

※AIによるイメージ画像です
赤い自転車に乗って、郵便配達員が家々を回る。この見慣れた光景は、いつから始まったのでしょうか。
郵便制度そのものの創業から、配達に自転車が使われ始めた時期、そして自転車が赤く塗られるようになった理由まで、郵政博物館や文化庁の記録からたどります。
郵便配達とは?書留の仕組みとあわせて
毎日、決まった時間に家々を回り、手紙やはがきを届ける郵便配達。今ではごく当たり前の仕組みですが、その手段は時代とともに、徒歩から自転車へと変わってきました。
郵便物の中には、大切な書類や現金書留のように、確実に届いたことを記録しておきたいものもあります。こうした郵便物を、引き受けから配達まで記録し、万一届かなかった場合には賠償の対象にもなる仕組みが「書留」です。郵便制度創業から間もない明治初期にはすでに、通常の郵便よりも確実な形で届ける、こうした仕組みが用意されていたとされています。通常の郵便よりも確実な形で届けるためのこの仕組みも、配達という営みの信頼性を支えてきた要素のひとつでした。
1871年、郵便制度の創業
日本郵政公式の沿革によれば、日本の郵便制度は1871年(明治4年)3月1日、東京・大阪間で創業しました。この制度を築いた中心人物として知られるのが前島密です。
それまで手紙を届ける手段といえば、飛脚のような個別の依頼に頼るものが中心でした。全国どこでも同じ料金・同じ仕組みで手紙を届けられる郵便制度の創設は、情報を届けるという営みを、特別な手配が必要なものから、誰もが使える身近な仕組みへと変えていく出発点になりました。
日本郵政関連の資料によれば、東京・京都・大阪間で始まったこの制度は、同じ年の年末には長崎まで路線が延び、翌1872年(明治5年)7月にはほぼ全国で実施されるまでに広がったとされています。わずか1年余りで、一部の都市間の実験的な仕組みから、全国をつなぐ制度へと育っていったことになります。
全国どこの家にも同じ仕組みで手紙が届くようになる。この急速な広がりがあったからこそ、その後、配達を担う人と手段の充実が、各地で求められるようになっていったと考えられます。
出典:日本郵政公式「歴史」

制服の移り変わり、〒マークが定着するまで
郵政博物館公式の記録によれば、制度が始まった1871年(明治4年)当時、配達員は紺色の法被に竹の子笠、脚絆と草鞋という和装で配達を行っていました。翌1872年には、韮山笠と洋装へ切り替わり、襟や裾に赤い線が入れられ、郵便を示す記号もあわせて導入されたとされています。
同資料によれば、1887年(明治20年)には、逓信省の記号として「〒」マークが定められ、丸い帽子やジャケットの袖に付けられるようになりました。今も郵便局や郵便物を示す記号として使われているこの〒マークは、すでに明治のうちに制服の一部として定着していたことになります。
和装から洋装へ、そして記号の統一へ。配達員の見た目が整えられていく過程は、郵便制度そのものが、まだ実験的な仕組みから、国全体で統一された制度へと育っていく歩みとも重なっていました。
笠や法被といった和装から、帽子とジャケットという洋装へ切り替わったこの変化は、明治という時代に日本各地で起きていた、暮らしのさまざまな場面での「洋装化」の一場面でもありました。配達員の制服ひとつをとっても、当時の社会が急速に姿を変えていた様子がうかがえます。

1892年ごろ、配達に自転車が使われ始めた
郵政博物館公式の記録によれば、配達に自転車が使われ始めたのは1892年(明治25年)ごろ、東京郵便電信局の記録が初出とされています。郵便制度の創業から20年あまりを経て、徒歩に代わる配達の手段として、自転車が姿を見せ始めたことになります。
徒歩に比べ、自転車ははるかに広い範囲を短い時間で回ることができます。郵便を利用する人が増え、配達すべき郵便物や地域が広がっていく中で、配達員がより効率よく家々を回れる手段が求められるようになっていったと考えられます。
それまでの配達員は、決まった区域を自分の足で歩いて回っていました。1871年の制度創業からしばらくの間、郵便物を運ぶ主な手段は徒歩や馬などに限られていたと考えられ、自転車という新しい移動手段の登場は、配達員一人が一日に回れる範囲を大きく広げる転機になったといえます。
1906年、自転車が赤く塗られた理由
文化庁の文化遺産オンラインによれば、郵便配達用の自転車は1906年(明治39年)9月、正式に赤色塗装と定められました。この頃には、自転車を使った配達がすでに広く定着していたことがうかがえます。
赤という色は、遠くからでもひと目で「郵便の自転車だ」とわかる、はっきりとした目印になります。街を行き交う人や車の中で、公的な業務を担う自転車であることが一目で伝わるようにする。この色の統一は、郵便配達という仕事の存在を、街の風景の中で誰もが認識できるようにするための工夫だったと考えられます。
興味深いことに、郵便ポストもほぼ同じ時期に赤色化されています。郵政博物館公式によれば、日本最初のポストは1872年(明治5年)、木製で黒く塗られた「黒塗柱箱」でした。その後、1901年(明治34年)に火事に強い鉄製の赤色丸型ポストが考案され、1908年(明治41年)に赤色が正式に制定されたとされています。同資料によれば、ポストを赤くしたのも、その場所をひと目でわかりやすくするためだったとされています。
配達用の自転車が赤くなったのは1906年、ポストの赤色が正式に定められたのは1908年。ポストも自転車も、明治末のほぼ同じ時期に赤く塗られ、「郵便に関わるものだとひと目でわかるようにする」という同じ考え方のもとで、色が統一されていったことがわかります。
1911年、速達とともに正式な配達手段に
日本郵政公式の沿革によれば、1911年(明治44年)2月に速達郵便の取り扱いが始まり、この頃には自転車配達が正式な配達手段の主軸になっていたとされています。
急ぎで届けたい郵便物には、それだけ速い配達手段が必要です。速達というサービスの開始は、自転車という機動力のある配達手段が、郵便制度の中でなくてはならない存在になっていたことを示す出来事でもありました。1892年ごろの導入から約20年をかけて、自転車配達は試験的な手段から、郵便制度を支える標準的な仕組みへと育っていったことになります。
速達は、通常の配達順を待たず、優先して届けられる郵便物です。進学や就職の合否通知、急な知らせなど、一刻も早く届いてほしい便りを運ぶ役目を、速達という仕組みが担ってきました。受け取る側にとって、速達という言葉には、どこか緊張感や特別な期待が伴っていたのではないでしょうか。
電話やインターネットがなかった時代、遠く離れた相手に急ぎの用件を伝える手段は限られていました。速達という仕組みは、そうした時代における「できる限り早く」という願いに応えるための、郵便制度なりの工夫だったといえます。
出典:日本郵政公式「歴史」
配達員の道具と仕事ぶり
赤い自転車の荷台やかごには、その日配達する郵便物がまとめて積まれていました。決まった区域を、決まった順番で回っていく。雨の日も風の日も、自転車をこぎながら一軒一軒を訪ねる仕事は、地域の暮らしを支える存在として、多くの家庭にとって馴染み深いものでした。
配達員は、担当する地域の道筋や、各家庭の郵便受けの位置を細かく覚えている必要がありました。同じ町内であっても、家によって郵便受けの形や取り付け位置はさまざまです。効率よく配達を終えるためには、地図の上の知識だけでなく、実際に自転車で走りながら体で覚えていく土地勘が欠かせなかったことになります。
書留や現金書留を届けるときには、受け取る側の印鑑やサインが必要でした。ただ郵便受けに投函するのではなく、直接手渡しで確実に届けたことを記録する。この一手間が、書留という仕組みの信頼性を支えていたことになります。
自転車の荷台に積まれる郵便物の量は、その日、その地域でどれだけの手紙やはがきがやり取りされていたかを示す、いわば地域の情報量そのものでもありました。年賀状が集中する時期には、いつもより多くの郵便物を積んで、配達員がいつも以上に忙しく街を巡っていた記憶を持つ人もいるかもしれません。
夏の暑い日も、冬の冷たい風の中でも、雨具をまとって自転車をこぎ続ける。天候にかかわらず毎日決まった時間に配達を終えるという責任感は、目立つことは少なくとも、地域の暮らしを陰で支える、大切な仕事の姿でした。
記憶
1871年の郵便制度創業から、1872年の洋装化・〒マーク導入、1892年ごろの自転車導入、1906年の自転車赤色化、1908年のポスト赤色化、そして1911年の速達開始による正式な配達手段化へ。郵便配達の歩みは、制服や道具の細部を少しずつ整えながら、手紙を届けるという営みを支え続けてきました。
チリンチリンというベルの音とともに、赤い自転車が家の前を通り過ぎていく。郵便受けに手紙が届いた音に気づいて外に出てみると、配達員の自転車の後ろ姿だけが見えた、という記憶を持つ人もいるかもしれません。
書留を受け取るために玄関先で判子を用意して待っていた時間、速達の知らせにどこか特別な気持ちになったこと。赤い自転車が運んでいたのは、郵便物だけでなく、届くのを待つ人の気持ちそのものでもあったのかもしれません。
年に一度、大晦日から元日にかけて、いつもより分厚い束の年賀状を配って回っていた配達員の姿を覚えている人もいるでしょう。遠くに住む親戚や、しばらく会っていない友人からの一枚のはがきが、赤い自転車に乗ってやってくる。デジタルのメッセージにはない、紙の手紙ならではの重みが、そこにはありました。
1871年に生まれた郵便制度は、150年以上の時を経た今も形を変えながら続いています。徒歩から自転車へ、そして今はバイクや自動車も加わった配達の手段は変わっても、「決まった場所へ、確実に届ける」という郵便配達の本質は、変わらず受け継がれているといえるでしょう。
郵便受けに何が届いているかを確かめる、あの朝の小さな習慣。差出人の名前を見た瞬間の高揚感も、公共料金の請求書を見たときのため息も、すべて赤い自転車が運んできたものでした。
あなたが子どもの頃の郵便配達事情は?
生まれ年を選ぶと、あなたが子どもだった頃の年代・年齢帯にまつわるページへのリンクを表示します。
これ覚えてる?
学校・地域・年代によって内容は異なります。あなたの記憶と重なるものはありますか?
- 赤い自転車に乗った郵便配達員を見かけたことを覚えていますか?
- 書留や現金書留を、印鑑を用意して受け取ったことはありますか?
- 速達が届いたときの、いつもと違う特別な気持ちを覚えていますか?
出典・注意事項
本ページは、郵政博物館公式、文化庁文化遺産オンライン、日本郵政公式の記載内容をもとに構成しています。自転車が赤く塗られた具体的な理由(視認性向上等)についての公式な説明文、および配達用かばん等の道具の詳細については、確認できた範囲にとどめています。
ページ内のイメージ画像はAIによるものであり、特定の人物・場所・年代を再現した実際の写真ではありません。