カシオミニの記憶|1972年、電卓が身近になった日
公開日:2026年9月3日

※AIによるイメージ画像です
片手に収まる小さな電卓。今では当たり前の道具ですが、かつては高価で、企業や専門職の人が使うものというイメージが強い時代がありました。
「カシオミニ」と呼ばれるこの電卓が、いつ生まれ、どのように電卓を身近な道具に変えていったのかを、CASIO公式・Forbes JAPANの資料をもとにたどります。
そろばんと並んでいた、電卓が高価だった時代
木暮仁の電卓史ページによれば、1969年にシャープが発売した電卓「QT-8D」は「電子ソロバン」と呼ばれて普及したといいます。まだそろばんが計算道具の主役だった時代に、電卓はその置き換えとして登場した機器でした。
1971年にはオムロンが「800」を49,800円で発売し、それをきっかけに価格競争が激しくなっていったと木暮仁のサイトは伝えています。1970年代初頭には多数のメーカーが電卓市場に参入しましたが、価格・品質をめぐる競争が続く中で、次第に撤退していくメーカーも出てきました。
出典:木暮仁「電卓の歴史」
1972年8月、12,800円の電卓が登場
CASIO公式によれば、カシオミニは1972年(昭和47年)8月に発売されました。当時の電卓は3万円前後が相場で、前モデル「AS-8」も4万円を切る程度の価格でした。カシオミニは、それまでの電卓の3分の1以下という価格である12,800円を実現し、業界に衝撃を与えたといいます。
CASIO公式によれば、当初は1万円を切る4桁表示の電卓を目指して開発が進められていましたが、表示桁数を6桁に増やしたことで、価格は12,800円に落ち着いたといいます。情報処理学会(IPSJ)「コンピュータ博物館」の解説によれば、本体の外形寸法は幅146×奥行77×高さ42mm、重量は315gと、手のひらに収まる小ささで、価格と大きさの両面で、それまでの電卓の常識を覆す製品でした。
出典:CASIO公式「『カシオミニ』大ヒット」/Forbes JAPAN「発売1年で100万台売れた電卓 カシオミニ発表」/情報処理学会「コンピュータ博物館」カシオミニ
「個人が電卓を持つ」という、新しい発想
それまでの電卓は、企業の経理担当者や専門職が仕事で使う高価な機器というイメージが強いものでした。カシオミニは、そうした「企業が使う機器」という枠を超え、一人ひとりが自分の電卓を持つという発想を広げた製品だったといえます。
発売から1年足らずで100万台、その後も広がる普及
CASIO公式によれば、カシオミニは月間の販売目標だった10万台をすぐに達成し、発売から1年足らずで累計100万台を売り上げる大ヒット商品になりました。Forbes JAPANの記事でも、発売から10カ月で100万台を突破したと紹介されています。情報処理学会(IPSJ)「コンピュータ博物館」によれば、その後もシリーズ全体で累計1,000万台以上が販売されたといいます。
出典:CASIO公式「『カシオミニ』大ヒット」/Forbes JAPAN「発売1年で100万台売れた電卓 カシオミニ発表」/情報処理学会「コンピュータ博物館」カシオミニ
電卓が、暮らしの中の身近な道具になっていった
カシオミニの登場をきっかけに、電卓は個人でも手が届く価格帯へと変わっていきました。家庭の計算や買い物、学校の授業など、暮らしのさまざまな場面で電卓を見かけるようになっていったのも、こうした流れの延長にあります。長く計算道具の主役だったそろばんと、新しく登場した電卓が、しばらくの間並んで使われていた時代でもありました。

あなたが子どもの頃の電卓は?
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これ覚えてる?
学校・地域・年代によって内容は異なります。あなたの記憶と重なるものはありますか?
- 家に電卓がありましたか?
- 算数や買い物で電卓を使った記憶はありますか?
- 電卓を使って遊んだことはありますか?
出典・注意事項
本ページは、CASIO公式サイト、Forbes JAPAN、情報処理学会「コンピュータ博物館」、信頼できる電卓史サイトの記事をもとに構成しています。個別の情報については、各見出しに出典を明記しています。情報源により揺れのある発売日(日単位)や、裏付けが十分でない表現は使用していません。
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