昭和のお菓子の歴史|チェルシー・うまい棒・コアラのマーチはいつ生まれた?
公開日:2026年8月28日 更新日:2026年9月12日

※AIによるイメージ画像です
キャンデー、ポテトチップス、チョコレート菓子、スナック菓子、ビスケット——。子どもの頃に一度は手にしたことがあるかもしれないお菓子は、いつ、どんな理由で生まれたのでしょうか。
味そのものの工夫から始まり、パッケージ、フレーバー展開、おまけ、キャラクターへと、お菓子に加わっていった商品価値は少しずつ広がっていきました。商品そのものの詳しい歴史(価格や展開など)は、既存の商品ページでまとめています。このページでは、1970年代から1980年代に発売された6つのお菓子を発売年順にたどりながら、それぞれが当時のお菓子文化の何を象徴していたのかを読み解きます。
昭和のお菓子を発売年からたどる
今回とりあげるのは、チェルシー(1971年)、カルビーポテトチップス うすしお味(1975年)、ビックリマンチョコ(1977年)、コンソメパンチ(1978年)、うまい棒(1979年)、コアラのマーチ(1984年)の6商品です。
この6商品を発売順に見ていくと、お菓子が「何で選ばれるか」という軸そのものが、少しずつ広がっていったことが見えてきます。最初は味やパッケージの工夫が中心でしたが、やがてフレーバー展開、おまけ、キャラクターといった、味以外の魅力が加わっていきました。
発売年の一覧だけを確認したい場合は、年表ページでもまとめて確認できます。このページでは、年表だけではわからない「それぞれ当時のお菓子文化の何を象徴していたのか」を、1商品ずつたどっていきます。
1971年|チェルシー
チェルシーは、明治製菓(現・明治)が1971年に発売したキャンデーです。英国スコットランド伝統のスカッチキャンディーを参考に、「流し込み製法」でなめらかな食感を実現しました。
黒を基調にカラフルな花をあしらった、当時としては珍しいデザインのパッケージも特徴です。発売当初はバタースカッチとヨーグルトスカッチの2種類でした。
海外の製法や、当時の日本ではあまり見かけなかった意匠を取り入れたパッケージは、新しいお菓子を印象づける表現のひとつだったといえます。
なお、チェルシーは2024年3月に一般販売を終了しています。終売の経緯やその後の展開は消えたお菓子7選でまとめています。詳しい展開やその後の歴史は、商品ページでまとめています。
1975年|カルビーポテトチップス うすしお味
カルビーポテトチップス うすしお味は、カルビーが1975年に発売したポテトチップスです。カルビー公式によれば、創業者が海外の菓子博覧会でポテトチップスの山積み販売を目にしたことがきっかけとなり、そこから8年をかけて商品化されました。
発売当初は売れ行きが振るわなかった時期もあったといいますが、その後、定番フレーバーとして定着していきました。詳しい経緯は商品ページで紹介しています。
苦戦しながらも定番フレーバーへと育っていったこの歩みは、ポテトチップスというスナック菓子が日本の売り場に広がっていく時期を代表する例のひとつだったといえます。
1977年|ビックリマンチョコ
うすしお味がポテトチップスの広がりを代表する存在だったのに対し、その2年後に登場したビックリマンチョコは、味とは別の魅力をお菓子に持ち込みました。
ビックリマンチョコは、ロッテが1977年に発売したチョコレート菓子です。ウエハースとチョコレートに、おまけのシールを封入した構成で、初期のシールは「どっきりシール」と呼ばれる実写風のいたずらデザインでした。
ロッテ公式によれば、初代のシールは1枚だけの封入でしたが、「たった一枚のシールで楽しんでもらおう」という考え方のもとで展開されていたとされています。お菓子そのものだけでなく、封入物を楽しみのひとつにするという発想が、この時点ですでに芽生えていたことになります。
のちに1985年発売の「悪魔VS天使」シリーズが社会現象と呼ばれるほどのブームになりますが、これは今回とりあげる初代とは異なるシリーズです。とはいえ、おまけを集める楽しみという軸そのものは、すでに初代の時点で用意されていたことになります。初代の詳しい特徴は商品ページでまとめています。
1978年|コンソメパンチ
ポテトチップス コンソメパンチは、カルビーが1978年に発売したフレーバーです。1975年の「うすしお味」、1976年の「のりしお」に続く3番目のフレーバーとして登場し、当時の流行語「パンチがきいている」にちなんで名付けられました。単なる味の説明ではなく、商品の勢いそのものを表す名前だったといいます。
うすしお味に続いてカルビーが取り組んだのは、同じポテトチップスという枠の中でフレーバーを増やしていくことでした。1つの商品を育てるのではなく、フレーバー展開によってラインアップそのものを広げていく発想が、この頃から明確になっていったといえます。詳しい展開は商品ページで紹介しています。
1979年|うまい棒
チェルシーやコンソメパンチが「味やラインアップで選ばれる」お菓子だったのに対し、翌年に登場したうまい棒が持ち込んだのは、まったく別の軸でした。
うまい棒は、やおきんが1979年に発売したスティック状のスナック菓子です。当時の駄菓子の相場が20〜30円だった中、10円という価格を個包装で実現したことが大きな特徴でした。個包装にしたことで湿気の問題も解決し、「持ち歩ける駄菓子」という新しい価値を生み出しました。詳しい開発の経緯や価格の推移は、商品ページでまとめています。
駄菓子屋の店先で、限られた小遣いから何を選ぶか。うまい棒が持ち込んだのは、味の目新しさではなく、子ども自身のお小遣いで手が届くという価格そのものの新しさだったといえます。
やおきん公式によれば、うまい棒は発売からこれまでの累計で60種類以上のフレーバーを発売してきたとされ、「キングオブ駄菓子」と位置づけられています。10円という価格の工夫だけでなく、フレーバーの多さも、うまい棒が長く親しまれてきた特徴のひとつになっています。
発売以降どのようにフレーバーが増えていったのかは、うまい棒の歴史で詳しく紹介しています。
1984年|コアラのマーチ
コアラのマーチは、ロッテが1984年3月に発売したビスケット菓子です。食品産業新聞社の取材によれば、ロッテは1980年代初頭に、空洞のビスケットにチョコレートを注入する技術を確立していたものの、商品コンセプトやネーミングは決まっていなかったといいます。
そこに「オーストラリアからコアラが日本に初めて贈られる」というニュースが入ったことがヒントとなり、コアラたちが楽しく行進(マーチ)してくる姿をイメージして商品化されました。
実際にコアラが来日したのは同年10月で、発売はその半年ほど前でした。初代は12種類の絵柄で、そのうち約半分が太鼓やラッパなどの楽器を持つデザインだったといいます。
ロッテ公式の沿革によれば、1988年には初代12種類にさらに12種類が加わって絵柄の数が倍増し、この頃には女子高生の間で「まゆげコアラ」と呼ばれる特定の絵柄を探すブームが起きたとされています。1991年頃には「盲腸コアラ」など、レアな絵柄をめぐる噂も広まったと記録されています。
味やおまけではなく、絵柄そのものを探し当てる楽しみ。コアラのマーチが持ち込んだのは、お菓子をキャラクター商品として楽しむという、それまでの5商品にはなかった新しい軸でした。
ロッテ公式のインタビューによれば、1984年に12種類だった絵柄は、2000年頃からキャラクターをブランド資産として捉える方針へ転換し、2003年にはライセンス事業も展開。現在では約700種類近くのキャラクターにまで広がっているとされています。1枚の絵柄探しから始まった仕組みが、数十年かけてお菓子の枠を超えたキャラクター展開へと育っていったことになります。
出典:ロッテ公式サイト(コアラのマーチ 沿革)/食品産業新聞社ニュースWEB(コアラのマーチ発売の経緯)/ロッテ公式「Shall we Lotte」(コアラのマーチ絵柄開発インタビュー)
代表商品を並べると見えてくる、お菓子の商品価値の広がり
チェルシー(明治)、カルビーポテトチップス うすしお味とコンソメパンチ(カルビー)、ビックリマンチョコとコアラのマーチ(ロッテ)、うまい棒(やおきん)——。今回とりあげた6商品は、キャンデー・ポテトチップス・チョコウエハース・スティックスナック・ビスケットと菓子の種類もメーカーもさまざまです。
発売のきっかけも一様ではありません。海外の菓子文化を参考にしたもの(チェルシー)、海外の販売方法からヒントを得たもの(うすしお味)、既存フレーバーの延長として生まれたもの(コンソメパンチ)、当時のコスト構造に挑んだもの(うまい棒)、おまけの魅力で広がったもの(ビックリマンチョコ)、時事ニュースをきっかけにしたもの(コアラのマーチ)と、それぞれ異なる出発点から生まれています。
あらためて発売順に並べてみると、この6商品に加わっていった商品価値そのものが、少しずつ広がっていったことが見えてきます。
1971年のチェルシーには味と特徴的なパッケージ表現が、1975年のうすしお味にはポテトチップスの定番化という広がりがありました。1977年のビックリマンチョコは、お菓子そのものに加えておまけを楽しみに含めるという発想を持ち込み、1978年のコンソメパンチは1つの商品を育てるのではなくフレーバー展開でラインアップを広げる方向へ進みました。1979年のうまい棒は10円という価格そのものを新しい価値にし、1984年のコアラのマーチは絵柄を探す楽しみというキャラクター商品としての魅力を加えました。
味の工夫が中心だった商品価値に、パッケージ、定番化、おまけ、フレーバー展開、価格、そしてキャラクターと、次々に新しい軸が加わっていく。今回とりあげた6商品を並べると、1970年代から1980年代にかけてのお菓子売り場の変化のあとをたどることができます。
うまい棒が打ち出した「10円・個包装」という価格の軸は、駄菓子屋の店先という限られた売り場だからこそ意味を持つ工夫でした。パッケージ、定番化、おまけ、フレーバー展開、キャラクターという他の軸が、どちらかといえばお菓子そのものの魅力を広げる方向だったのに対し、うまい棒の価格という軸は、買う側の財布の事情に正面から向き合った点で異質だったといえます。
コアラのマーチのように、キャラクターという軸は、2000年代以降にライセンス事業へ広がった例もあります。味の工夫だけでなく、パッケージ・定番化・おまけ・フレーバー展開・価格・キャラクターという、今のお菓子にも通じる発想の多くが、今回とりあげた6商品の中では1970〜80年代のうちに出そろっていたことになります。
6商品だけから昭和のお菓子全体が一方向に進化したと語ることはできませんが、少なくともこの6つを並べる限り、「昭和のお菓子」とひとくくりにできないほど、商品ごとに異なる発想と工夫があったことがうかがえます。

発売年からもっと見る
今回とりあげた6商品を含め、1970年代・1980年代に発売された他の商品は、発売年順にまとめた年表ページや、1970年代のページ、1980年代のページでもあわせて確認できます。
あなたが子どもの頃のお菓子は?
生まれ年を選ぶと、あなたが子どもだった頃の年代・年齢帯にまつわるページへのリンクを表示します。
これ覚えてる?
学校・地域・年代によって内容は異なります。あなたの記憶と重なるものはありますか?
- うまい棒は何味が好きでしたか?
- ビックリマンシールを集めていましたか?
- コアラのマーチで、ラッキーコアラを見つけたことはありますか?
出典・注意事項
本ページは、各メーカー公式サイト・信頼できる報道機関の記事をもとに構成しています。個別の情報については、各見出しに出典を明記しています。より詳しい商品情報は商品ページをご覧ください。
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